第二百九十六話 アクアディアの町——ドラグ伯爵領

 俺達は名残なごりしくもアクアディアの町を出た。

 水龍サーカス団を見る前に水龍サーカス団の中の人を見てしまうというハプニングはあったもののおおむ順調じゅんちょうに移動している。


「確かアクアディアから領都りょうとドラグまでは七日くらいだったっけ? 」

「うん、そうだよ」

「なので実質あと三日ほどですね」

「気楽にいくのですぅ」


 アクアディアを出発して四日程が経ったからあと三日か。

 バジルから領都りょうとアースまで十四日だったのになんでこんなに短いんだ?


「それはこの道がアクアディアからドラグへの最短距離だからだよ」

「それに加えてアクアディア、いえアース公爵領とドラグ伯爵領の双方に大きく広がる草原地帯があり馬が走りやすいということもあるでしょう」

「あとはセレスティナお姉ちゃんがこの馬車に魔改造をしていることもあるかと思いますよぉ」


 瞬間セレスが顔をそむけた。


「……そんなことやってたのか」

「だ、だっていいじゃないですか。魔改造というと印象が悪いですが単なる軽量化や簡単な自動修復を行うようにしただけです。これで車輪のトラブルも解決ですよ! 」


 少し焦りながら利点を言いうが、怪しい。

 大体セレスはこういう時何か隠している。


「リン。セレスは何かやらかした? 」

「私はなにも……」

「セレスティナお姉ちゃんは実験としょうして神聖創造魔法で付与魔法をした結果車輪をいくつか壊しました」


 らした顔のまま呟くセレスにリンが可愛らしい顔をしながら会心の一撃を与えた。

 何をやったらそうなる!


 神聖創造魔法で付与、という発想は分かる。

 だけど何で車輪がダメになる?!

 分からない。理解の範疇はんちゅうを超えている。


「あはは、ティナは基本思いついたら即実行だからね。成功するか失敗するかはその時次第だよ」

「技術の進歩しんぽ犠牲ぎせいはつきものです! 」

「で? 出来ると思ってやったんだ」

「いえ。出来ないと思ってやりましたわ! 」


 胸を張ってセレスはそう言った。

 出来ないと思うならやるなよぉ。

 まて。車輪の費用はどうなった?


「もうすでに車輪の費用は処理済みです。ご心配なく」

「……。かなり不安なんだが」

「一応セグ子爵家のお金から車輪の費用は出るようになってた。書類は作ってるみたいだから後でサインよろしく」


 苦笑いを浮かべながらななめ前のケイロンの声がするとセレスがそれをさえぎるように手で隠す。

 まぁそれだけで隠せたら無理はないんだが……。隣のリンも苦笑いだ。


 セグ子爵家は使用人達の給金や屋敷の維持費、食糧費以外はあまり使わない。

 今回のようにイレギュラーで遠出をする以外に使わない。

 これは国からもらえる年金以外に冒険者として働いたお金を使ってほとんど生活している為で、個人的な趣味はセグ子爵家の資金から出るようなことにはなっていない。

 今回のような馬車の備品びひん破損はそんはセグ子爵家の備品びひんとして扱われるため払うようになるわけだ。


「で、これから行くドラグ伯爵領はどんなところなんだ? 領都りょうとが『医療都市』と呼ばれているくらいしか知らないんだが」


 俺の言葉を受けケイロンがセレスの手を抑えて俺を見る。


「まぁ、その名の通りだよ。いて言うならばその昔戦争で功績こうせきを上げた貴族家の一つってところかな」

「……戦争で功績を上げた貴族家、か」


 それを聞きすぐにケルマ様が「ハハハ。筋肉が足りんぞ、少年! 」と言っている図が思い浮かぶ。

 ケルマ様のあれはこれが影響しているのだろうか?


「前線には出なかったようだけどね」

「どういうことだ。それでどうやって功績を上げるんだ? 」

「戦争は何も剣をまじえるだけじゃないってこと」


 俺が首をひねっているとセレスがこちらを見た。


「当時のドラグ卿は後方支援、つまり医療物資や食糧輸送によって軍を支えたようです。その支援が無ければ勝てなかったと言われるほどの腕前だったようで」

「今『医療都市』と呼ばれているのはその名残なごり

「医療都市ドラグは獣王国を含め様々な国でその名をとどろかせています。医療のみならず錬金術も最先端を行っており医療関係、錬金術関係の学者も多く出入りしていますね」


 そ、そんなすごいところだったのか。

 ドラグ伯爵家のケイロンばかを見ているとそうは思えない。


「ドラグ伯爵家には分家が十二あって十二分家って言われてる」

「十二分家……」

「伯爵家が一つ、後は子爵家と男爵家で『分家』と名のつく通りドラグ伯爵家から派生はせいした貴族家のこと」

「それぞれに得意分野があると聞いています」

「そうそう。でも、まぁ今回はあまり関わらないだろうね」

「すぐに帰るから、か」


 そうそう、と言いながらうなずくケイロンだが俺はそれを純粋に信じられない。

 なんやかんやで予測不可能なことに巻き込まれて来た俺達だ。

 何かあるかもしれない、と心構えをしておかないとな。


「どこか観光できる場所とかあったりする? 」

「観光よりも学問! 学問のドラグですわ! 」

「……セレスはどこか行きたい場所があるのか? 」

「ええ、もちろん!!! 」


 そう言いながら前のめりになりながら行きたい場所を次々と上げる。

 その中に気になる場所が。


「魔境? ドラグ伯爵領には魔境があるのか? 」

「ある、というよりも管理している感じかな」

「あそこには色々な研究材料が……」


 セ、セレスの目がギランギランしてるっ!


「ま、まぁティナは置いておいてドラグ伯爵領のはしに魔境が広がっているんだ」

「……どうしてそんなところに町を建ててんの! 」

「逆だよ。危ないから管理するための町を作ったんだよ」

「な、なるほど」

「ま、入るためには国からの許可が必要になるから普通は入れないんだけどね」


 そうか。

 入れないか。

 良かった……。

 これこそ入れるとなったらセレスがどう暴走するかわからないからな。

 国がダメと言えば流石のセレスもごり押しできないだろう。

 国が……。く、にが?


「あ……」


 俺が何かに気が付いたような表情をするとケイロンが少し黒い微笑みを浮かべた。


「コホン」


 その咳払せきばらいで俺とリンは少し冷や汗を流しながらセレスの方を向く。


「もしかしたらドラグ伯爵領でも不測の事態が起こるかもしれません。ええ。不測の事態が」

「いやいや、そう簡単に不測の事態が起こったら困るんだが」

さいわいなことにその不測の事態を乗り越えてきた勇士ゆうしがここに」

「セ、セレスティナお姉ちゃん……。まさか」

「……所で先日ケイロンは陛下より魔境探索権なるような、その不測の事態を解消できる権利をいただいていますよね」

「うん」


 おいおい、こいつらまさか確信犯かよ。


「ではまいりましょう! いざ魔境へ」

「「まだ不測の事態は起こってないから (ですから)! 」」


 俺達は全力でツッコんだ。

 と、言うよりも魔境へ行かないといけない不測の事態ってなんだよ!!!

 もう不測でも何でもねぇ!!!


 ガタン。


 俺達が話していると急に馬車が止まった。

 少し体を揺さぶられ、元に戻る。

 何だ?

 そう思っていると扉からノックの音がしハルプさんの声が。


「閣下、失礼します。エルベル殿が賊を捕らえました。如何いかがいたしましょうか? 」


 ……。


 早速不測の事態かよ!!!

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