第百九十一話 一方その頃バジルでは 一

「何か最近モンスター多くねぇか? 」

「確かにバジルにしては多い気がするな」


 ここはバジルの町の冒険者ギルド。

 その奥にある木の机で冒険者達が情報を交換し合っている。

 少しずつだが増えつつあるモンスターに違和感を感じていた。


「まぁ気にするほどではないだろ」

「倒せねぇほどじゃねぇ」

「恐らくまた奥の方で縄張り争いでもやって負けたのが出てきているだけだろうよ」


 モンスター暴走スタンピード以降モンスター達の勢力図せいりょくずは大きく変わった。

 一度定着ていちゃくはしたもののそれでも尚争っている可能性もある。

 高位モンスターが出現したというよりかは縄張り争いに負けたモンスターが出てきていると考える方が自然だ。


 突発的とっぱつてきなこと以外でモンスターによる被害が少ないこの町の冒険者達はゆるみきっていた。

 危機はすぐそばにいることに気付かずに。


 ★


「レディ、何故すぐに突入しないんだい? 」


 帽子型知性ある武器インテリジェンス・ウェポンであるルータがしわを作りながらエカテーに聞いた。


 今彼女達はバジルの町の東の林の奥に陣取っている。

 もちろんのことここにいたモンスター達は一部を残し殲滅せんめつされている。


 エカテーの能力は召喚サモン帰還リターン

 召喚サモンしたモンスターを使役しえきすることは出来るが、すでに自然界に出現してしまっているモンスターを使役しえきすることは出来ない。

 偉大な召喚士グランド・サモナーになったとしてもその法則からは逸脱いつだつしない。単に召喚できるモンスターの幅が広まっただけである。

 よってデザイアが殲滅せんめつし、彼女の能力でエカテーがモンスターを召喚する時の栄養分として保存してある。

 だがこれはデザイアにとってあまり好ましい事ではない。

 この保存ストックの能力は創造神クレア―テが創ったものに対して使うべきであり邪神が創ったものに対して使うべきではないと考えているからだ。


 モンスター殲滅せんめつ時いくらか逃がすようにエカテーはデザイアに頼んでいた。

 デザイア自身も同胞と言えるモンスターを殺すのはしのびなかったためそれに同意する。

 しかしそもそもワイバーンで町に突入すればいいだけの話である。

 わざわざ隠れるようなことをしなくても良いのではないか、とルータは聞いた。


「理由は二つよ。まず一つは冒険者達をおびきせること」

「確かこの町の冒険者はあまり強くなかったと思うのだけど」

「はやく、せんめつ」

「確かに強くないわ。加えて言うならほとんどが護衛依頼ばっかり受けるようなあまり戦闘慣れしている集団ではないわ」

「なら余計に相手にせずにワイバーンで突入して町中でモンスターを召喚すればいいんじゃないかな? 」

「それも考えたけど、それだけじゃ面白くないわ。外からモンスター暴走スタンピード、中から正体不明のモンスター襲撃。パニックになったあの女を想像すると……」


 醜悪しゅうあくな微笑みを浮かべるエカテー。

 一部モンスターを逃がした理由。それは注意を外に向けさせると同時にモンスター暴走スタンピードを冒険者ギルドに警戒させるためである。

 そうでなくてもつい最近モンスター暴走スタンピードを引き起こしたばっかりである。

 モンスターの動向どうこうに気を張っているに違いないとエカテーは考えていた。

 まさかミッシェルが南の森でそれ以上の量のモンスター達をひっそりと殲滅せんめつしていることなどつゆにも頭にない。


「気を付けるべきはそのミッシェルっていうギルド職員だけなのだね」

「ええ、そうよ。他は雑魚ざこ

「君の趣味に口は出さないけど、付き合わされる僕達の身にもなってほしいのだけれども」


 うん、うん、とうなずくデザイアとルータを見て気まずそうに顔を前に向けるエカテー。

 しかしそれも一瞬。

 エカテーは今日もまた邪悪な微笑みを浮かべながらバジルの、ギルドの建物がある方を見て呪詛じゅそを吐く。


 ★


「パパ、今日もお客さん来ないわね」

「……ん~何がいけないんだ? 」

「こんなにサービスがいいのにね! 」


 宿屋『銀狼』では誰もお客さんがいない中、娘フェナとその父で店主であるガルムが一階で話していた。

 実の所サービスめんではなくその建物が宿屋に見えないことに原因があるのだが本人達は気付いていない。

 フェナは机に突っし腕を伸ばし足をバタバタさせている。


「どうしたも……フェナ! こっちにこい! 」

「え? なにパパ」


 ドゴン!!!


「え? え? モンスター? なんで? 」

「貴方! 」

「おう、フェルーナ。お客さんだぜ? 」

「このような粗暴そぼうなお客さんは御免ごめんこうむります」


 急に気配感知が発動したガルムは一瞬にしてフェナの所へり抱きかかえ受付の方へ行った。

 同時に扉がやぶられオーガが中へ入ってくる。

 そこにガルムの大剣と魔杖ロッドを持った妻フェルーナが現れガルムに武器を渡す。


「ギルドの奴ら何やってんだ? 」

「町にモンスターの侵入を許すなど」


 メシリ、メシリと床を踏む音を立てながら奥へ奥へ入ってくるオーガ達。

 しかしそんな様子をかいさずガルム達は剣と魔杖ロッドを構える。


「ふむ。恐らく誰かが誘導したんだろうが関係ねぇ。運が悪かったなモンスター共」

「ここは冒険者の最終地点です」

「たかがオーガの群れ程度で落ちる町じゃねぇ」

「Gaaaaa!!! 」

「旋風刃! 」

螺旋風槍エアー・ランス!!! 」


 そして二人の目の前にいたオーガ三体が一瞬にして命を落とした。

 二人はフェナを安全な二階に置いて状況の確認を始める。

 こうして元Aランク冒険者パーティー『狼の宝石』が再誕した。


「どうなってやがる? 」

「今日はお祭りかねぇ」


 同時刻、市場いちばでは戦闘がり広げられていた。

 ゴブリンの頭をにぎつぶし投げ捨てるクマツにオークに腹パンで風穴かざあなを開けるベア。

 この異常なまでの戦闘力を誇っているのは彼らだけではなかった。


「この邪神の先兵せんぺい共! 私達を敵に回して命があると思わない事よ! 」

「おりゃ! 」

「ははは、旦那の浮気ごと切り裂いてやる! 」


 市場いちばのマダム達がそれぞれ武器を手に取り町にあふれるモンスターを倒していた。

 ここは冒険者の最終地点であるとともにクレア教の-——ある種理想りそうが詰まったような場所である。

 つまるところこのマダム集団は様々な種族が入り混じった集団で、ただのマダムでも町にあふれるゴブリン程度ならばひねつぶせるということである。

 冒険者をやればいいと周りは思うのだが「私達は冒険がしたいんじゃない。ひっそりとらしたいだよ」との事。

 ひっそりとらせているかは不明だが。


 一方その頃貴族街では。


「ど、どうなっているのですか?! 」

「さぁ? 」

「さぁってこれは異常事態ですよ! 」


 運悪くこのタイミングでバジルの町に来ていた貴族が慌てふためいていた。

 ここはドラグ伯爵家の別荘べっそうで一人の貴族をむかえ入れていた。

 あるじがいないと何回言っても帰らないこの貴族に手を焼いていたところにモンスターの襲撃である。

 こいつを町の中心に放り出したら世話無く闇にほうむれるのでは? とちらっと頭をよぎるが考え直す。


「わ、私を護り……」

「ああ、そういう典型的てんけいてきなお言葉は間に合ってますので」

「どういう……「アハハハハ! 消えされぇ」ひぃ! 」


 声の方を向くとそこには狂気きょうきちた顔で魔法を乱舞らんぶさせるメイドや鉄球モーニングスターを振り回したり、背後に回って一瞬でオークの分厚い首を切り落とすメイド達がいた。


「ほら、大丈夫でしょ? 」

「……むしろあのメイドの方が怖いのですが」

「流れだまにご注意を」

「え? うわぁ」


 飛んでくる魔弾が足元あしもと着弾ちゃくだんし驚き尻餅しりもちをつく男貴族。

 それを侮蔑ぶべつの表情で見ていると一人のメイドが声をかけてきた。


「メイド長。持ってきました」

「ご苦労様。屋敷やしきの周りのお掃除と行きましょう。貴方もお掃除されないようにお気をつけ遊ばせ」


 受け取った大剣を肩に担ぎ、屋敷やしきを出ていった。

 怖いメイド長がいなくなり安心し振り向くとそこには完全武装状態のメイド達が目に入る。


 メイドって一体? と考えながらもこの貴族は避難所へ向かうのであった。

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