第百三十六話 王都アクアディア子爵家にようこそ! 七 ミッション メンバーに精霊を紹介せよ 四

 俺は今光悦こうえつち、ゆかに倒れ込んでいるエルベルを見下みおろしていた。

 彼女の様子から喜びが限界突破したのが分かる。


「はぁはぁはぁ……うへへへへへ……」


 正直、気持ち悪い。

 何だろうか。恐らくクレア教の敬遠けいえんな――狂信きょうしんにも似た信仰をささげる信徒しんとが神々にあったらこうなるのだろうか。

 それはそれで怖いが横たわっている状態で体を時々ビクンビクンさせてねる姿は見るにえない。


 なぜこのようなことになっているのかというと俺がセレスの部屋を出た所まで話はさかのぼる。

 とびらの向こう側、廊下ろうかで俺は精霊達を頭から降ろして真面目な顔でげた。


「……お前達をエルベルに紹介しなくてはならない気がしてきた」

『な、なんでよ! 』

『裏切るつもり! あの変態エルフに会えと?! 』

『無理よ! あの瞳! 絶対に精霊を何体かっているわ』

『助けてママー!!! 』


 俺がその一言を告げると四精霊が震えながらおびえだした。

 無理もない。あの顔、あの迫力はくりょくで向かってこられたら俺も即憲兵のめ所に向かう。


「隠し事はいけないと思うんだ」

『だからと言って私達を売る気?! 』

『あの変態だけは無理よ』

「なら、こなくてもいいんだぞ? 」

『『『うぐっ! 』』』

「ついてくる以上はある程度こちらの事情じじょうにも合わせてもらう。今回は仲間内であまり秘密ごとをしない方が良いという俺の考えから来ている。そもそも他の面々めんめんが知っていてエルベルだけ知らないというのはどうみても不公平だ」

『だけど!!! 』

挨拶あいさつをしろとは言わない。そこまでオーガじゃない。だがせめて共同生活けんにいることを伝えるだけだ」


 恐怖ゆえか火の精霊は周りに浮かんでいる火のような物が小さくなり、水の精霊は水が具現化ぐげんかし始めている。土の精霊は後退り、風の精霊は風を起こして身を護ろうとしていた。


妥協案だきょうあん! 妥協案だきょうあん進言しんげんいたします!!! 』


 つっちーが手を上げハキハキと言う。

 それに希望を見出したのか他の精霊達が少しだけ様子が平常へいじょうにもどる。

 妥協案だきょうあんを聞くまでもなくエルベルの部屋に行けばいいのだが一応聞いておこうと耳をす。


「……妥協案だきょうあんとは? 」

『せめて我々がいない状態で行って欲しいであります!!! 』

『『『おおー!! 』』

「俺だけ行けと? 」

端的たんてきに言うと』

『流石つっちー! 』

『ナイスアイディアよ! 』

『やっぱり私達のブレインね!!! 』


 それを聞きまゆひそめた。

 確かにそれならばエルベルの暴走もまえて被害は最小限に抑えられるだろう。

 だがしかしそれはあまりじゃないか?!

 俺だけ被害にあえと!!! 理不尽りふじんだろ!


『ではアンデリック少佐殿! 我々はこれで! 』

『『『ご武運ぶうんいのるであります! 』』』

「あ、ちょっ!!! 」


 壁をすり抜け出ていく四精霊に手を伸ばし捕まえようとするも突然の出来事で反応が遅れてしまった。

 俺の手はくうを切り、むなしくそこに残った。


「あ、あいつら……」


 怒るも、もはやそれもむなしい。相手がいないからだ。

 沸々ふつふつき上がる怒りを抑えながら俺はエルベルの部屋に行き、精霊達の事を伝えたのであった。


 四精霊が俺達と生活するかもしれない。そのことを伝えると予想通り狂乱きょうらんして喜んだ。

 ああ。今まで以上にドン引きするレベルで。

 しかも感極かんきわまりぎたのか途中とちゅうくずれ落ち体を痙攣けいれんさせながら白目しろめをむいた。


「これは放っておいたら流石にまずいか? 誰か呼ぶべきか……」

白目しろめき……横たわり、痙攣けいれんする美女とそれを上からながめる少年……」

「うわっ!!! 」


 とびらほうからきゅうに声がした。

 驚きその方向を見るといつも気配無く猫耳ねこみみメイド、ルータリアさんがそこにいた。


「誤解です! それにノックをしてください! 」

「しましたよ? ですが気付かなかったようできゅうようすることでも起こっているのかと思い、中に入らせていただきました。しかし……十二歳にしてはハードプレイですね」

「だから俺は何もしていません! 分かって言ってるでしょう?! 」

「ええ、もちろん」

「なお悪いわ!!! 」


 機嫌よく俺をおちょくるルータリアさん。

 時折ときおり感じてはいたがサドっ気が強いようだ。

 もてあそばれている感じがする。

 最初のかわいらしさは最早面影おもかげがない。あれは多分外向そとむききの顔だったのだろう。


「それは置いておいて、お嬢様がお呼びでございます」

「え? セレスが? 」


 さっき別れたばかりなのに何の用だろうか。

 はて、と首をかしげエルベルを見ているとルータリアさんが少し前にでる。


「はい、お嬢様がお呼びです。よってこの場はお任せを。再度沈静化ちんせいかしてベットにでも放り投げておきますので」

「……流石に雑過ざつすぎない? 」

「そのようなことはありません。ドラゴンを切りつけるかのような細密さいみつさです」

ざつってことじゃないか」

「……フッ」

「まぁいいです。了解しました。俺はセレスの所へ行ってきます」


 エルベルの事は俺にはどうにもならない。

 だからこの場をルータリアさんに任せ俺はエルベルの客室きゃくしつを出てセレスの部屋に向かった。


「ふふふ、ええ。お呼びですとも。こちらメイド・ワン。任務完了」


 一人、指輪にかたけるルータリアを残して。


 ★


 俺は誰とも会うことなく二階へ行きセレスの部屋の前に辿たどり着いた。


「一体なんだろう? 急用きゅうようでも出来たか? 」


 そう独りちながらノックをする。

 だが反応がない。


「ノックの音が小さかったのか? 」


 再度、今度は強めにノックをした。

 だが反応がない。

 ジーっと待つもなにも反応がない。


もしかして何かあったのか?! と思いノブに手をかけ「セレス! 大丈夫か! 」と声を上げながら勢いよく扉を開けると――


「え……」

「アンデリック?! 」


 そこにはきめこまやかな肌を出し黒い三角の下着だけのセレスと青いドレスを手に持って固まっているケイロンが目に入った。

 神々こうごうしい……。


「きゃぁぁぁ!!! 」


 そして何かが飛んできて俺は倒れ込んだ。


「任務完了」

静寂サイレンス解除ご苦労」

「流石のタイミングだ。ノックの瞬間に内側だけにかけとびらを開ける瞬間に切るとは」

「ふふふ、全てはお嬢様の為に」


 この屋敷やしきのどこかでそうつぶやいた者達がいたが全員がグルな為誰も何も言わなかった。


 ★


「はぁルゥがですか」


 俺は正座で赤い普段着ふだんぎまとったセレスの事情聴取じじょうちょうしゅを受けていた。

 あの後強制的に部屋の外に放り出された俺は逃げるもなくケイロンに捕縛ほばくされセレスが着替える時間を待つことに。そのあいだはずっとお説教である。

 そして今回の被害者であるセレスからどうしてこのような行為こういいたったのかという理由を聞かれた。


「そう。セレスが呼んでいるからと言って部屋に向かうようにって」

「ですがノックもせずに入るのはいささ作法なのでは? 」

「しました。何回も」

「それはおかしいですね。何も聞こえなかったのですが……嘘を言っているようでもないですし……。仕方ありません、今回は不問ふもんにいたします。次からは……声をかけるくらいはしてください……ボソ」


 う“う”う“……やさしさが身にみる。

 感謝を口にして立ち上がる。

 慈愛じあいちたセレスにより俺は解放されしびれる足を引きりながら部屋に戻るのであった。

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