第百八十五話 転移魔法とは

「ワタクシはカルボ王国アクアディア子爵家長女のセレスティナ。セレスティナ・ドラゴニル・アクアディアと申します。以後よろしくお願いしますね」

「は、はぃ! 」


 一旦いったん落ち着きを取り戻して女神のごとき笑顔でエリシャに自己紹介するセレス。

 エリシャも緊張しながらであるが返事を返す。

 しかし俺は分かる。

 いや多分全員わかる。

 今彼女には『真祖しんそ』しか頭にない事を。

 取りつくろった笑顔の向こうには知識欲が渦巻うずまいていることを。


「セレス。で、転移魔法はどうなったんだ? 」

「そうそう、はやく見て見たいな」


 素早く俺とケイロンがアイコンタクトで合図し歩調ほちょうを合わせる。

 これ以上エリシャに負荷ふかはかけられない。

 落ち着いたものの『生きた伝説』を前にしてセレスがいつ暴走するかわからない。

 ならば話を違う――彼女の興味のある事に話を振るべきだ。


『デリク。転移魔法』

『オーケー』


「あ、そうでした。一先ひとまずこの屋敷やしき設置せっちすることができる状態になりました」

設置せっち? 」

「ええ。どうやらワタクシが得た知識の転移魔法は人や物資を場所から場所へ移動させるものの様です」

「かなり便利だね」

「ええ。しかし使えることになったことで一つ分かったことが」


『デリク。刺激』

『了』


「分かったことってなんだ? セレスが知らなかったことなのか? 」

「ええ。常識にとらわれていましたわ」

「どういうこと? 」

「まず我々が知っている転移魔法の知識は『大量の魔力が必要である』で間違いありませんか?」

「ああ。そうだな。確かそう言ってたな」

「しかし違うのです。消費魔力が極端きょくたんに少ないのです」

「「え?!!」」


 不覚ふかくと言わんばかりに頭に手をやり首を振りながら更に説明する。


「少なくともワタクシが手に入れた転移魔法は魔力消費量が少なく思った以上に単純でした」


 いや伝説級の魔法を単純って。


「もしこれが国内の反乱分子や野盗のような存在に知られたらと思うと、と考えさせられますね。結局の所少ないがゆえに情報統制とうせいする必要があった、ということです」

「どういうこと? 商人とかが使うと便利では? 」

「ああ……。便利すぎるんだね」

「そう言うことです」


「デリク。もしこの魔法を使った賊が現れると大変じゃない? 」

「まぁそうだな。一気に町に入って強奪ごうだつして一気に退散できるしな」

「そうそう。だから「知っても莫大ばくだいな魔力を使うから使い手がいない」と情報を回してそもそも手に入れようとする気を起こさせないようにしたんだと思う」


 まぁ完璧じゃないだろうけどね、とケイロンが付け加えて彼女の言葉を補足ほそくするかのようにセレスが口を開く。


「もちろん王城など主要しゅよう軍事機関きかん対抗たいこう魔法を展開させていると思いますわ。しかしその他の場所はどうでしょう? 町や領都りょうとのような」

「護りが薄いから狙われやすいってことか」

「賊にも魔法使いはいるだろうしね。落ちた研究者とか」


 嫌だな、それ。


「というわけでワタクシこれから王城へ行ってきますわ」

「「え??? 」」

「早速申請に行くべきでしょう。それにこのような情報を許可なしに持っている事の方が恐ろしいので。では! 」


 そう言うと嵐のように去っていった。


『『ミッション・コンプリート』』


 セレスが立ち去った後俺達はゆったりとしていた。


「……すごいな」

「そうだね。でも転移魔法を使えるようになるとかなり便利なのは確かだよ」


 対面に座るケイロンがこっちを向いて口にする。


「そういえばセレスが手に入れた転移魔法の知識と国が管理している情報は同じなんだろうか? 」

「どういうこと? 」

「転移魔法にも種類があるんじゃないかってこと」

「有り得るね。『幻夢げんむの世界』を創った人が渡した知識って言っていたから、もしかしたら国が知っているものとは違うかもね」

「と、なると……増々ますます厄介事やっかいごとになりそうだ」

「もはや歩く軍事機密きみつだね。ティナは」


 今まで以上に暴走しないように監視かんししないと、と思っていながらも俺は執務しつむ室へと向かうのであった。


 ★


 三階アンデリックの執務しつむ室。


「デリク。こっちの書類にサイン」

「こっちもです」

「……了解」


 机の上にかさなっていく書類にサインをしてさばいていく。

 四つある机の内二つを陣取じんどっているケイロンとリンが俺の机の上に書類を置いて行った。

 かなりの量なのだがこれでも少ないらしい。

 領地持ちは一体どのくらいの書類にれているのかと考えると身震いする。


 ある程度終わったら扉からノックの音がした。

 返事をするとメイドが「エリシャ様がお見えです」と言ってきたので入るように伝える。

 すると扉がゆっくりと開き黒いスカートのエリシャが中に入って来た。


「お、お邪魔するのじゃ」

「いいよ。丁度ちょうど終わりかけてたところだし」

「エリシャ、こっちに座ったら? 」

「失礼するのじゃ」


 そう言うとケイロンが用意した椅子に座り少しうつむく。

 俺は手元てもとに残った最後の書類にサインを終えると、どうしたんだろう思い彼女を見た。

 しばらくすると彼女は顔を上げ不安げにこちらを見た。


「……わらわは、ここにいていいのかの? 」

「どういうこと? 」

「確かに真祖しんそじゃが……このままお世話になってもいいのかの、と思って」


 すると更にうつむく。

 あぁ、ここにいていいか心配になってきたというわけか。

 大胆だいたんに見えて繊細せんさいな感じかな?

 他の人と話す時はどこか大袈裟おおげさしゃべり方をしたりポーズを取ったりするがあれは自己防衛ぼうえいの一つだろうか?

 力は強いが心は繊細せんさいなお姫様ってことか。


「大丈夫だろう。俺達の種族の輪サークルのメンバーだし」

「しかしここは貴族の、アンデリックの屋敷やしきじゃないのか? 」

「あぁ……そうなんだが、何というか種族の輪サークルのメンバーが住む屋敷やしきっていう側面そくめんが強いしな。大丈夫だろう」

「スミナやエルベルも貴族じゃないしね」

「リンもいいと思うのです」

「そ、そうか……」


 そう言うと少し顔を上げ顔をほころばせた。

 すると何か決心けっしんしたかのように顔を上げる。

 そしてすぐに引きめ見つめてきた。


「ならばわらわの身の上を話しておくべきじゃの」

「無理しなくてもいいと思うが」

「いや。話しておくべきじゃ。仲間からじゃの。と、言ってもそんなに特別なことじゃないのじゃが」

「まぁ本人が話してくれるっていうんだからいいんじゃない? 」


 エリシャがそう言いケイロンが同意する。

 犯罪者じゃない限り別に無理して話さなくてもいいと思うんだが。

 確かにケイロンの言う通り本人がそういうならまぁいいか。


「……話せる範囲で、お願いします」

「うむ。これはわらわが眠りにつく前の話じゃが……」


 そう言いながらエリシャが昔話を始めた。

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