エカテー・ロックライド 二

 冒険者ギルド・ギルドサブマスター『ミッシェル』がいなくなった昼過ぎの事、エカテーはその取りき達と茶色く丸い机をかこっていた。


「あまりお気になさらずに、エカテーさん」

「そうです。何より、冒険者の死亡率を下げようとしているエカテーさんの取りみをはばもうなど言語道断ごんごどうだんですわ! サブマスターとしてあるまじきことです! 」

「そうです、そうです! サブマスターとして、いえ人としてあるまじき行為こういです! 」

みなさん落ち着いてください。私は大丈夫ですわ。何より私をあんじることで貴方達が不遇ふぐうにあってしまってはいけません。ミッシェルさんの事もほどほどに、ね」


「「「エカテーさん!!! 」」」


 エカテーに羨望せんぼうのまなざしがそそがれる。彼女達の手元てもとにはサンドイッチに紅茶とティーカップ。なんてないお昼のひと時であった。

 しかしとうのエカテーは頭の弱い取りき達に心配されるだけではらわたな状態なのだが、表に出さずに彼女達を心配するふりをする。


 『エカテー・ロックライド』。


 彼女はロックライド男爵家の子女である。

 彼女を一言で表すなら――『傲慢プライド権化ごんげ』——が適切てきせつだろう。


 ロックライド男爵家は大きな領地を持つ貴族家ではない。

 せいぜい少し大きい村の村長くらいの大きさだ。もちろんのこと社交界や国での立場が大きいわけではない。

 しかし村に戻ればお山の大将なのが彼女の父や母である。

 その様子を見て育った彼女は必然ひつぜん的にその地位を存分ぞんぶんに使う。


 彼女は貴族には珍しく婚約者がいなかった。

 よって学園アカデミーを出た後、仕事と結婚相手を探すこととなるが彼女がそこで目をけたのは冒険者ギルドの職員だった。

 ギルドの受付嬢と言えば様々さまざまな職業の中でも花形はながたである。

 運が良ければ高位冒険者と結婚し、その後安泰あんたいな生活を送れる。

 自分が行うにふさわしいと考えた彼女は持つ権力けんりょくを使って冒険者ギルドへと入った。


 彼女が職務しょくむと同時に行ったのは『ギルド内での自身の地位の向上』である。

 もとよりお山の大将の娘。

 つねに誰かの上に立っていないと気がまない女。

 男爵令嬢という名の権力とそのり付けられた外面でふるまい、見事みごと彼女はバジルの町の冒険者ギルドで確固かっこたる地位を手に入れた。


 ……数年前、ミッシェルが現れるまでは。


「しかし困りましたね。サブマスににらまれるとは……」


 食後の紅茶を一口飲み、意識しない言葉がれる。

 ミッシェルの顔を思い出し、怒りで彼女の顔が紅潮こうちょうする。

 ミッシェルが受付嬢として現れてから転落続きだ。

 前回の不正の発覚はっかくを始め派閥はばつ内でも分断ぶんだんが見られる。

 苛立いらだつエカテーの顔を見て対面の事務員が言う。


「そうですね……。最近監査かんさほうも厳しくなっておりますし……」

「私の部署ぶしょなんて時折ときおり抜き打ちでチェックに来るのですよ?! 」

「それは本当ですか?! ならば私も気を付けないと」


 最初に言った事務員の言葉を皮切かわきりに様々さまざまな話が飛びう。

 やれ不審ふしんな男性がチェックに来るだとか、やれきゅうにサブマスがいなくなるとか、はたまたサブマスがきゅうにチェックに来るとか……。

 それを聞き、飲んでいる安物やすものの紅茶が気管きかんに入りそうになる。

 むせるのを我慢し、涙目なみだめになりながらぽろっとれた情報に驚愕きょうがくした。


 こ、この人達! 今とんでもない状況なのわかっているのですか!


 エカテーは話を統合とうごうし、とんでもない状況であることを理解する。

 別段べつだん彼女達が特に不正等をしていなければ特に問題はない事である。

 しかし言うにれず、ここにいる者は全員ことの大小はちがえど数字を誤魔化ごまかしたり、贔屓ひいきにしている冒険者に不適切な依頼をまわしたり等不正に関与している。

 そうとなればすぐに対策をらなければならないのだが、ここはお花畑。気付いた人が言わなければ何らかの処分を受けるだろう。


みなさん、少し私の話をお聞きになっていただいても? 」

「「「はい? 何でしょう? 」」」


 エカテーの言葉を受け、各方向から無垢むくな視線が向く。

 こ、この人達は!

 誰かの不正が発覚はっかくすれば全員処分を受ける可能性があるのですよ?!

 何をのんきな!


「以前より冒険者の方々が私へ持ってきた依頼の依頼料の一部を皆さんに配分はいぶんしておりました」

「そうですね」

「ありがたいものです」


 エカテーは依頼料を一人で中抜なかぬきしていた。

 それをえさ代わりに派閥の仲間にくばり、今の位置にいる。

 無論多く冒険者が彼女に並んでいた昔は、だが。


 支配下の者達がのんきに答える。

 その答えに額に青筋あおすじを浮かべながらも、顔は平然へいぜんとし余裕よゆうの態度で事の重大性をこうとする。


「……そして時折ときおり経理けいりの先輩がたにお願いしてお小遣いをいただいていたのはおぼえていらして? 」

「ええ、おぼえていますとも」

「あの時は助かりましたわ! 丁度ちょうど素敵すてき殿方とのがたおりましてその方に……ポッ」

「あらあら、まぁ。それは良かったこと」

「しかしその後があまりよろしくなく……」

「それはお気の毒に……」


 所謂いわゆる賄賂ワイロである。

 以前エカテーは経理けいりにお金をばらまいた。拒否きょひするも親の権力けんりょくを盾になかば強引に受け取らせる。

 これにより『お仲間』となってしまった事務員達は彼女の行動をとがめることが出来なくなった。更に経費けいひで落としたと見せかけて、『お小遣い』を仲間内に渡し、派閥内での自分達の居場所を作った。


 それもミッシェルが現れるまでは、だったが。


 以前の事もあり慎重しんちょうな思考回路になっているエカテーはのんきさに怒り震える。


 ここまでわかっていてなんで答えまで出ないんですか!

 いくら頭がお花畑でもこのくらいわかるでしょう! ギルドの仕事をしているのですから!!!


 それに私知っているのですよ、その男。

 そちらにいる隣の人に寝取ねとられていることを!


「あ、あの……少しまずいのではないでしょうか? 」


 そう、左から聞こえてきた。

 声の主は今まで会話に参加しなかった経理けいりの子。

 私の役目やくめを少しでも肩代わりしてくれるなら結構けっこう

 期待を乗せて、彼女の方を見る。


総合とうごうするに、私達の行動を疑問に思われているのですよね? 」

「え、そうなのですか? 」

「それは大変!」

「しかしそれが本当か分かりません事よ? 」

「確かに……」


 ギュッ!

 持っているティーカップを、にぎる。

 今、怒鳴れればどれだけ爽快そうかいなことなのでしょうか?

 これだけ状況がそろっていて、よく否定できますね。

 しかし今言うにはいけません。何事なにごとにもタイミングという物があります。

 もう少し様子を見ましょう。


「で、ですが、各部署ぶしょ査察ささつのような方が来ているのですよね? なら今までの事がバレるかもしれないのでしょう? もしそうだとしたら……全員まずいのではないでしょうか」


 それを聞き、少し空気がいろめき立つ。

 これに乗じて私が一声かれれば!

 しかし言う前に右隣から声がした。


みなさん、少し落ち着きなさってください」


 声の方を振り向き、苛立いらだつ。

 目に映るのは派閥はばつ分断ぶんだんしようとしている張本人ちょうほんにんである。

 エカテーよりもさらにあつ化粧けしょうに、鼻をつまみたくなるような香水こうすいの臭い。

 隠せない歳の波を額にきざむ、茶髪ロングの女性。


 忌々いまいましい!

 人事部職員!

 最年長のくそババがっ!!!


「この程度何ともありません。みなさんが力を合わせ口を開かなければ分かりませんよ」

「そうは言っても……」

「しかし……先輩の言うことも一理いちりあるのでは? 」

「確かに」

「私もそう思いますわ」

「しかし何らかの対策は必要だと思うのですが」

「……動かないほうがむしろバレないのでは? 」


 口々くちぐちに思いを言う。

 主導権をっ! 取られたッ!


「もし必要ならば口裏くちうらを合わせるだけでなく、少しずつ書類を整理したらいいのではないでしょうか? 」

「整理するだけ、でいいのでしょうか? 」

「ええ、整理です。『整理』、『かいざん』ではないので大丈夫でしょう」


 これは……まずいですね。

 主導権をにぎられただけではなく、話までおかしな方に行っています。

 このままだと全員最ももれなく追放です。

 どうにかしないと……。


 年少の経理けいりに青い瞳を向ける。

 

 顔が青い……。

 まぁそれもそうでしょう。

 自分の言葉が発端ほったんで更なる不正を追加してしまったのですから。

 ……少し期待したのですが、無理そうですね。


「では今日の休憩はここまでにしましょう」


 こうして昼食は終わった。


 帰りぎわに彼女がエカテーへ茶色い瞳を向け、ニタァと笑った。

 くそっ! あのアマ!!!

 くやしさで顔をゆがませながらも、平然へいぜんと受け流しエカテーは受付へと行くのであった。


 しかし、これを契機けいき経理けいりの女性——リリアンヌはいじめを受けるようになった。

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