エカテー・ロックライド 五

 やったわ。

 私は……やったわ!!!


 受付で一人微笑ほほえむのはバジルの町の受付嬢であるエカテー・ロックライドであった。


 数十分の冒険者ギルド一階。


「た、大変だ!!! 」

「運べ! 早く運べ! 」

「やべぇやつから医務室へぶちめ!!! 」


 突然開かれたとびらから今日の冒険者ギルドの一日が決定した。

 他の事務員や受付嬢、冒険者達はその様子に吃驚びっくりいそいで怪我けがの処置の準備に入る。

 目の前には今日東の林へ向かった冒険者達が大怪我をいながらも運ばれている。


 どんどんと人が運ばれていく。

 それにつれて、周囲は地獄の様相ようそうを示すようになった。

 人が運ばれては処置室へ送られる。

 ある者は怪我をし、ある者は魔力欠乏で仲間に運ばれていた。

 もちろんその中には気を失ったアンデリックを背負せおったケイロンもいる。

 ケイロンはアンデリックを処置室に運び、こと顛末てんまつを報告する。


「よくやったわね! 流石私が見込んだだけはあるわ! 」


 アンデリックがデビルグリズリー討伐したことを聞いてエカテーは空気を読まず、そう言った。

 これでもか、というくらい満面まんめんみでケイロンを見下ろす。

 

 他の冒険者達も途切とぎ途切とぎれながらも報告していたがその言葉を聞き、振り向いた。

 周囲から物凄ものすごい殺気をびるが気にする様子はなく、むしろ気持ちがいいといった表情をしている。


「……エカテーさん。これはどういうことですか? 」

「どういうことも何も私は貴方達を『補給係ほきゅうがかり』として送っただけです」


 ケイロンの激情げきじょうを気にせずよろこびが入った声で言った。

 そのトーンに周りの冒険者達も流石にだまっていない。

 冒険者達は――ケイロンの事もあるがそれよりも――調査不足ぶそくに腹が立っていたのだ。


「おいおいおい、そりゃないだろ」

「そうだ! 調査不足ぶそくで俺達死にかけたんだぞ! 」

「何よあのゴブリンのれ! 四桁はくだらなかったわよ!!! 」

「そっちの新入りも死にかけたんだぞ? どうしてFランクが混ざってんだ!!! 」

「話を聞くと強制参加じゃない! 頭おかしいわよ、あんた!!! 」


 その一言でエカテーが切れた。


「黙りなさい!!! 」


 その一言で全員が黙る。

 冒険者ギルド側の言葉は特別意味を持つが、それ以上にあらぶる魔力を抑えていないのが原因だ。


 単なる受付嬢の魔力ではない。


 そう全員が感じただろう。

 冒険者がギルド側に転職することがあるが、この受付嬢は冒険者経験はない。

 つまり普通の人族なのだ。

 それが異常な魔力を放っている。

 その『異常さ』を肌で感じ、全員がひるんだ。


 しかしそれでも口をはさむ者がいた。

 そう。ケイロンだ。彼が一歩前に進み、言う。


「僕とデリクはFランク冒険者です。しかしこの難易度の依頼に強制参加……。これが受付嬢がすることですか!!! 」

「することも何も本来ゴブリンのれの討伐はDランクの依頼です。それにねんを押してCランク冒険者も多く配置はいちしました。これ以上ない条件だと思いますが? 」

「それでもっ!!! 」

「大体冒険者にとって不慮ふりょの事故のようなものはつきものです。運の悪い事に今回は不慮ふりょの事故が起こりましたがそもそも覚悟ができていないなのなら冒険者などやめてしまえばいいのです。今回はさきんじてまなぶことが出来た、と思えばむしろ喜ばしいのでは? 」


 殺気立ちエカテーをころさんとばかりしていると、カツカツカツと音がした。

 それと同時に寒気——殺気以上の寒気が全体をおおった。

 エカテーを含め全員がその方向を見るとひとりの銀髪の女性——ミッシェルが降りてきていた。


「そこまでです」


 その一言で全員が押し黙る。

 エカテーとは違う――威圧いあつとはまたことなる未知なる迫力はくりょくに押され一言も出ない。

 

「確かにエカテーさんが言う通り不慮ふりょの事故が起こることはあります」


 まさかミッシェルが擁護ようごしてくれるとは思わなかったのであろう、目を丸くして小さな女性を見る。

 その言葉に耳をうたがいながらも慎重しんちょうに様子を見た。


「エカテーさん。貴方は今日は上がりなさい」

「……分かりました。サブマス」


 そう言いエカテーは更衣室の方へ向かった。

 最後に言い放ったサブマスという言葉にケイロンは驚いている。

 前に会った事務員と思える人がまさかサブマスだったなんて、と。

 

 カツカツカツ。


 更に階段の最期を降り切り、全員の方へ向いた。

 するとそれまで張りつめていた空気が一変いっぺんする。


みなさん、今回はありがとうございました。現在ギルマスが行政に今回の件を報告しております。彼女の事は後の度ご説明を。後、追加報酬は後程お渡ししますのでご安心を」

「なんだ、わかってるじゃないか。ミッシェルちゃん」

「ちゃん付けをしないでいただけるとうれしいのですが」


 ちゃん付けされたことにまゆひそめ、その冒険者の方を向く。

 そしてすぐに彼の隣から声がかかり目を見開く。


「あ、あの! 」

「おや、貴方はこの前の……」

「ケイロンと申します」

「では、ケイロンさん。何か? 」


 首をコクリと横に傾け用事を聞く。


「さっきのは一体……」


 ケイロンが言いたいのはエカテーを先に行かせたことだろう。

 だがそれにもやわらかい顔で、答える。


「もうすでに手を打っています。それより貴方は相方の方へ向かった方が良いのでは? もう診察が終わっているようなので」


 え? と思い振り返るとそこには医者がいた。


「早く次と交代してくれ! 」

「すみません! 今行きます! 」

 

 医者の元へ行くケイロン。

 いわく魔力欠乏との事。しかし消耗しょうもうが激しいためすぐには起きない。

 少し経過観察けいかかんさつが必要になるとの事だった。

 一先ひとまず怪我をってではなかったことに安堵あんどし、ケイロンはアンデリックを引きりながら宿へ行くのであった。


 ケイロンがいなくなった冒険者ギルド。


「しっかしあの受付嬢、どうするんだ? 今回はやり過ぎだろ? 」

「確かに。何かやらかすとは思ったがまさか俺達の集団にFランク冒険者をねじ込むとは思わなかったぜ」

「その件に関してはご安心を……フフフ」


 こ、こぇー――。


 ミッシェルが冷たい微笑ほほえみを浮かべる。

 その笑みが自分に向かってじゃないとわかっていても、怖いものは怖い。

 全員がそう思う中、解散かいさんとなるのであった。

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