第九話 宿屋『銀狼』 四

 赤い顔のままケイロンはこちらを見て今日の予定を俺に聞いてきた。


「そうだな……。町を見て周らないか? 」

「いいね、それ。だけど晩御飯まで時間があるとは言えないよ? 」

「本格的な探索たんさくは後でいいだろ? ちょっとここらへん探索たんさくする程度。俺達はFランク冒険者なんだ。そんなにいい依頼を受けれるわけじゃないだろ? 」

「……確かにそうだね。一先ひとまず町を歩きまわって、いろんな場所をおぼえるのもいいかもね。だけど……戻ってこられる? 」


 机しに二人でうなる。

 どうしたものか。

 言ったはいいものの、帰る時が困る。

 もし道に迷った場合、戻ってこれるかどうか……。

 流石に永遠えいえんと迷うことはないだろうが、それでも不安だ。


 俺達は考え、りつめた空気をまぎらわすために少し周りを見る。

 肩を回しながら首を動かすとそこにはフェナがいた。

 ガルルさんとフェルーナさんはいない。

 どうやら俺達に遠慮えんりょして奥の部屋へと行ったようだ。


 ピクピクっと彼女の銀色の耳が動く。

 こちらの話をぬすみ聞きしているのは明白めいはくだ。


 何というか看板娘、いや従業員としてあるまじきことだと思うのだが……まぁいいか。

 俺達が困っているのを知ってか、フェナがこちらへってきて口を開く。


「わ、私が町を案内しても、いいのよ! 」


 少し緊張気味に言った。

 ……なんで彼女はそこまで尊大そんだいな言葉使いなのだろうか?

 分からない。

 

 だが実の所案内この町の人であるフェナに案内してもらうのはいいあんなのかもしれない。

 少なくとも俺達二人よりかは町にくわしいだろう。


「ケイロン、どうする? 」

「僕はいいあんだと思うけど」

「俺もそう思う。だが……」


 そう言い、俺とケイロンはフェナを見る。

 何かこう……残念さが際立きわだたして任せていいのだろうか? と思う。


「な、何よ! 二人ともいいんなら、行きましょうよ! 」


 何故なぜか、かされる。

 あやしい……。

 何をたくらんでる?


 うたがいの目で見ていると、奥から「おう、話は終わったか? 」とガルムさんがやってきた。


「ええ、夕食前まで町の探索たんさくをしようという話になりまして」

「ほう……。そういや、お前さん達冒険者だったな」

「ええ、今日登録したばかりのFランクですが」

「あぁ……なるほど、町の把握はあく、か」


 なにか納得なっとくしたようにうなずき、反応した。

 ガルムさんは他に冒険者達と交流こうりゅうしたことがあるのかな?


「パパとママは昔凄腕すごうでの冒険者だったんだか、ぎゃぁぁぁぁぁ!!! 」


 フェナの背後に金色の影がしのり、アイアンクローでわしづかみしていた。


勝手かってに私達の過去を話してはいけませんと何回言ったらわかるんですか? 」


 笑顔で愛娘まなむすめにアイアンクローをかましているフェルーナさん。

 浮いてます!

 フェナが物理的に浮いてます!!!


 小さな体躯たいくから悲鳴が聞こえる。

 痛そう……。

 あれはらいたくない、な。


 正面のケイロンを見ると、顔が引きっている。

 例え子供とはいえ、一人分の重さを片腕で持ち上げているのだ。

 それも痛みを与えながら。

 いくら狼獣人とは言え物凄い腕力わんりょくである事が分かる。


 俺達のひたいあせが流れた。


 さからってはいけない。


 多分、俺と同じようにケイロンもそう思っているだろう。


「お客様方は冒険者なのですか? 」

「「イ、イェス! マム!!! 」」


 俺とケイロンは条件反射的に直立ちょくりつで立ち上がり、答えた。


「……そ、そんなに怖がらなくても……。コホン、で……言いたく無ければいいのですが、ランクは? 」

「「本日登録したばかりのFランクでございます! マム! 」」


 少し狼狽うろたえているフェルーナさんに、嘘偽うそいつわりなく答えた。

 またもや気絶している娘を隣にき、少し考える素振りをする。


「あ~、今日は探索たんさくに行く予定らしいぞ? 」

「あら、そうなのですか? 」


 考えているフェルーナさんにガルムさんが伝えた。

 すると考え事がすっかりなくなったかのようにむずかしい顔をき、優しい顔でこちらを見る。

 一体彼女の中で何が疑問だったんだろう?

 そう思いながらも次の言葉を待つ。


「お節介せっかいかもしれませんが……最初、どういった依頼を受ける予定か、お聞きしても? 」

「登録と同時にパーティーをみ、銀狼に来たのでまだくわしくは話し合っていません! マム! 」

「ただ、最初のうちは良い依頼は受けれないだろうと話していたところでございます! マム! 」


 俺につられ、ケイロンもフェルーナさんをマムと呼んだ。


「マムはやめていただけるとうれしいのですが……。フェルーナ、もしくは女将おかみでお願いします」


 そう言い長い金髪を前にらす。

 しかしながら雰囲気はことなり、少しりつめた。

 少し勘気かんきに触れているらしい。

 それに頭を下げられたので、これ以上はやめておこう。


「分かりました、フェルーナさん」

「すみませんでした」


 俺達も頭を下げる。

 こちらの謝罪を受け取ったのか頭を上げ、ニコリとする。

 その気配を感じたので俺達も彼女を見上げた。


「で、どうしたのですか? 」

「いえ……。冒険者は基本的に自由なので言いにくいのですが……」


 そう言いながらおっとと顔を合わせる。

 ガルムさんも少し困っているようだ。


「俺達ははっきり言っておたがいの実力もまだ知りません」

「僕とデリクはつい最近会ったばかしですし。なので、何かあれば助言じょげんしていただきたいのですが……」


 この空気にえかね、俺が切り出しケイロンが黒い瞳を彼女達に向けた。

 いうべきか、いわざるべきか、かなりなやんでいるようだがフェルーナさんが重い口を開いた。


「最初のころは初めて会った人と――実力をおたがいに確認せずにパーティーをむことはよくあります」

「実際俺達もそうだったしな」

「ええ、なのでこれかられていけば問題ないとおもうのですが」

「まぁ、あれだ。最初のころは安くても安全な依頼を受けた方が良い、ということだ」


 二人は昔を思い出したのか、少し遠くながめるような目を誰もいない空間に向けた。

 安全な依頼?

 それはほんのわずかな時間だったが、すぐに戻ってきた。


「最初……つまりFランクでも様々さまざまな依頼を受けることが出来ます」

「どんな依頼ですか? 」

様々さまざまだ。い猫の捜索そうさくに親が仕事をしている時の子供の世話せわ。商人達の荷物おろし建築材けんちくざいを運んだりと本当に色々だ。というか依頼については受付から聞いてないのか? 」


 俺達が受付の話を聞き流したのかと思い、少し顔をゆがめている。


「聞いてない、ですね」

「ええ、何でも先輩達にでも聞け、との事らしく」


 二人で弁明べんめいした。

 あの受付嬢、本当に放り投げたからな。

 何も知らないんだ。


「それは本当ですか?! 」

ねぇ……。受付の新人でもそんな暴挙ぼうきょやらんぞ? 」

「そのない事をやられたので……」

「物凄いいやな感じだったよな」


 あの時の事を思い出し、少し高ぶる。

 俺達のちょっとした怒りを感じたのか、ガルムさん達は少し咳払いして仕切しきり直す


「あってはならん事なんだが……まぁいい。今回は俺達が説明しよう」

「ランクについては知ってますか? 」

一先ひとまず自分達のFランクが最底辺ということぐらいは……」

「本当に最初だけじゃねぇか」

「え、えぇーっとですね。ランクはFからSまであります。でもまぁ大体、最高ランクはA。Sは所謂いわゆる人外領域と呼ばれる人達の集まりだから」

「今はいねぇんじゃねぇか? 」

「……引退した元Sランクならいましたけど……。あの人は今どこにいるのか……」


 なるほど、ランクはSまでか。

 フェルーナさんの補足ほそくを受け、うなずく。

 話の感じだと余程よほどの事がないかぎりAランクが最高、と。


「で、依頼を受けるわけだが……勿論失敗した時の罰則ばっそくもある」

「これは依頼主の利益りえきそこなったことと冒険者ギルドの信頼をそこなったことにたいするものです。冒険者ギルドと依頼主の関係は金銭関係であると共に信頼関係でもり立っていますので」


 その後色々と冒険者ギルドに関する話を聞けた。

 この宿に来たのは正解だった。

 正直、他の冒険者達に聞く余裕よゆうもなかったからだ。


「そして冒険者の――あるしゅ通過点みたいなのがあるのですが……」

「それが、薬草採取にゴブリン退治、だ」


 ガルムさんとフェルーナさんは真剣しんけん眼差まなざしでそう言った。

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