陰謀と真実

「世界……ときましたか……」


 早くも自分が言ったことの責任が取れそうにない。


「話を盛ったりしてませんよね?」

「いえ、百パーセント真実ですよ」


 啖呵切ったはいいが、予想外の言葉に顔面の筋肉が引きつる。俺のそんな顔面を見ても、淡々と矢上は話を続けた。


「ISSの方で認知しているのは、世界を滅ぼそうとしている大小様々な組織や反社会的勢力の存在です。組織の種類も多く、人種、目的、思想、滅亡させる方法などは多種多様ですがしかし、最近になって解ってきたことがあります……それらの組織の上、つまりの存在です」

「黒幕?」

「ええ、その組織……仮ですが我々は『エネミー』と呼んでいます。エネミーは基本的に、組織への資金譲渡、武器調達、裏工作などなど、テロ行為がしやすいように手助けをしたりしています。しかし、誰にも存在を悟られない様に動いているのか、我々が調べ上げたデータでなんとか、ぼんやりとその存在の輪郭が見える程度なのです」

「なるほど……つまり、その組織を潰すのがISSの目的だと」

「その通りです……そして、エネミーの援助で力を得た組織は、市中に麻薬の類をばら撒いたり、政治的圧力を掛けて多数の国際犯罪をもみ消したりと世界中でやりたい放題やっています」

「……酷い奴らだ」

「その通り。そして、その陰で泣き寝入りしているのは、見えない敵へ抵抗できない人間達です」


 この時点で俺は、まだ見ぬ敵『エネミー』に対し憤りを覚えた。自らの姿を隠し、石を投げ人を傷つける。

 卑怯者の常套手段でもあり、俺が一番嫌っている行為でもある。


「さらに驚くべきことに、奴らは支援している組織とは別の思想を持っているのですが……」


 そこまで言って矢上は口を閉じた。


「どうか、したんですか?」

「ここから先の話が自衛隊の人間に聞かれたくない内容になります」

 矢上は重々しい口調で、警告するように言う。

「はい……続けてください」


 俺の返事に矢上は頷く。


「では……エネミーが描いている思想は『』です」


 たった漢字四文字の目標は、あまりに荒唐無稽で別世界の言語のように聞こえた。

 この時代、日曜朝のヒーロー物の悪役ぐらいしか打ち立てない目標だとばかり思っていたが、世界を裏側で暗躍する組織にはピッタリだ。


「現実味が無いと思うかもしれません、けれど、少なくともこの国は征服されかけています」


 それから彼が淡々と語ったのは、俺が三十年間過ごした国の現実だった。


 第二次世界大戦、太平洋戦争で敗北したアメリカ占領下の極東の島国に目を付けたエネミーは、金が無かった半島の人間を裏で買収。戦後の混乱を狙い、警察、裏社会ヤクザに半島の人間を入り込ませていった。

 それから、多数の政治闘争、混乱の度に勢力を伸ばしていき、現在の日本の中枢にまでその勢力を拡大。政府、自衛隊、地方自治体にまで入り込んでいる。

 ここ二十年で発達したインターネットによる情報漏洩。そして、味方に付けてきた人間の高齢化。本来ならば、若い世代を取り入れるはずが、若者の政治離れによる味方の減少。

 それでなんとか、この国は踏みとどまっている状況らしい。


「……まじかよ」


 話を聞き終わった俺は、力なく呟いた。


「まるでスパイ映画のストーリーだ……」

「ええ、まさにその通りです。今話したのは日本での事ですが、他の国でも似たような手口で支配下にしたりしています」

「エネミーは、テロリスト達を支援している合間に着々と世界征服への駒を進めている」

「貴方には、アメリカ本部に所属してもらいたい。世界征服を達成させるには、アメリカは確定で押さえなければいけません。その分、エネミーの裏工作は日本の比ではありません」


 素直に肯定する。しかし、ここまで話を聞いて気になっていることがあった。


「なぁ、少し気になっている事があるんだが……いいですか?」

「何ですか」

「なんでそんなに敵の計画やらなんやらを知っているんだ?」


 そう言った瞬間、二人は俺から目を背けた。こういった行動をするのは、何か後ろめたい事がある時と相場が決まっている。


「言っていいんですかね……?」

「構わん、どのみち知ることになる。早いに越したことはない」


 デニソンと矢上がコソコソ話を終えると、咳ばらいをして俺の方に顔を近づけ、声を潜めた。


「信じてもらえないかもしれませんが、実は……エネミーの方から、メールが送られてきたんです」

「はぁ?」


 余りに突拍子のない話に、素っ頓狂な声が出てしまう。


「一年前、ISSがエネミーの存在を認知し始めた頃、ISSの各本部長のパソコンに送り主不明のメールが届きました。ウイルスチェックを入念にし、そのメールを開くとそこには、自身が裏で暗躍する組織であること、テロリスト達の手助けをしていること、数々の歴史的事件に関わりその動機を作った事、そして組織が目指しているのが世界征服であることが、証拠物件の写真や動画と共に」

「本当ですか?」

「本当です。最初はCIA辺りの嫌がらせかと思いメールを解析すると、とんでもない事実が判明しました」

「なんですか?その事実って?」

「……防衛省、CIA、FBI、MI6などの機関から世界的大企業など多数のサーバーを仲介して届いていていたんです」

「CIA、というよりISS我々の存在を恨めしいと思っている組織がやるには、余りにリスキーで手間のかかる行為ですしそれに、サーバーに入るには何重にも張り巡らされた防壁を突破しなければならない。誰にも、どの組織にも気づかれずにそれらすべてを行うのは不可能です」

「……つまり、とんでもない奴らだと」

「まぁ、端的に言えば」

「思想も何も分からず、ただ他の者に餌を与えるだけ。私達に情報を教えた真意も分からない。しかし、その情報が正しいことは歴史や我々の資料達が裏付けている」

「怖いのは、無知より中途半端な知識を持っている時です。無知より気分は良くなりますが、全て知っている訳ではありません。失敗する確率は高い」


 開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。けれど、一度腹をくくったら後はもう突っ走るだけという言葉がある。見えない敵に向かって、正面切って戦う。どんな状況に置かれようが、姿を日の元に晒し正々堂々と。卑怯者の好きにはさせない、俺に与えられた道は、啖呵の通りしかない。

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