11月18日午前9時51分~58分

 携帯電話から聞こえるのは、部下の声ではなく不通を知らせる不快な音だ。


「……クソッ」


 応答の無い携帯を助手席に置く。

 十数分前から一人一人と定期連絡が来なくなり、遂にはこちらから掛けても出なくなった。

 それに、やけにパトカーが多い。

 開けてある窓からは、町中に鳴り響くサイレンの音が入ってくる。

 まさかとは思うが、下手をこいてパクられていないだろうか。

 不安が焦りを生み、それがハンドルを叩く指に表れる。そして、インパネの上に放ってあったマールボロのパッケージを手に取った。

 パッケージを振り一本飛び出させ、それを咥える。今度はライターを手に取り、火を着けた。

 煙を吸い込み、鼻から吐く。

 幾らか気持ちが落ち着き、もう一度携帯電話を手に取ろうとした。

 

「動くな」


 硬く冷たい金属の塊が頭に突き付けられる。

 ドイツ製、SIGザウエルP226Rだ。横目で見ると、その銃の持ち主が俺を睨んでいた。

 東洋系。短く刈られた髪に、程良く筋肉が付いた体は軍隊出身であることが伺える。首元から覗く銀色のチェーンは認識票だろう。


「ロシアの部隊の隊長さんですね?」

「……俺がそうだと分かって聞いているのだろう?」

「ええ、まぁ」

「……俺の部下はどうした?」

「全員警察署で休憩中です。あとでお迎えに行ってあげた方が、いいかもしれないですね」

「………………」

「よく訓練された、いい部下をお持ちで」

「それは光栄だ……それで、何しに来た?わざわざ部下の安否を教えに来たわけでないだろうに」

「はい。貴方の車が欲しいんです。貴方の部下に車壊されちゃいましたから、足が無いんですよ」

「車なんかそこら中にあるだろう」

「被害届出されるのは嫌です」

「……俺が車に乗っていなかったら?」

「パトカーでも借ります。アレ税金で買ってるんでしょう?だったら乗らない訳ないです。元は皆の金ですし」

「……口の減らん奴だ」

「それに、タクシーにでも乗ってる最中に襲われたら運転手が可哀想でしょう……極力一般人は巻き込みたくないんです」

「………………」

「その代わりに、貴方達みたいな人等には容赦はしません。車くれないなら、貴方の脳天ブチ抜いて奪うだけですから」

「……そうか」

「貴方程の身分なら、警察署からハイヤーでも乗って空港に行けばいいじゃないですか、バチは当たりませんよ」

「……そうさせてもらうよ」


 そう言って俺はマールボロとライターをポケットに、そしてハンドル下に作ってある隠し場所からCZ75B出し、ジャケットの内ポケットに差し込んだ。

 煙草の灰が落ちたズボンをはたき、車から降りた。


「壁の方向いて立っていてください」


 俺の方に銃口を向けたまま、東洋人は俺に指示する。正直、逆らい東洋人から銃を奪い取り殺せるが、この男の態度を見ているとその行動が正解かどうか疑問に感じる。

 淡々とした口調でこの俺を殺すと言った。

 勿論、殺すと言われたのはこれが初めてではない。むしろ、ガキの頃から言われ続けている。

 だからこそ分かるのだ。この東洋人の殺すは、

 チャラついた若造、ストリートギャング、大学出たての尉官、数々の修羅場を潜ってきたベテランのどれも微妙に違う。

 東洋人の物は言い慣れてない様に思えるが、言葉の裏には確かな自信がある様にも思えた。けれども、その自信をこの男が認識しているかが分からなかった。

 自信があるのなら、もう少し声に出てもいいはずなのに。

 ここまで考えて俺は思った。

 ……久し振りだ、こんなに敵の事を考えるのは。


「こっちだ」


 東洋人がジェスチャーをし、仲間を呼び寄せた。

 こちらに来た仲間の中には、確保対象の博士もいた。今ここで四人いる護衛を殺し、博士を拉致したい衝動にかられた。

 任務を達成させる。

 それがあるべき姿のはずなのに、俺は動けなかった。

 東洋人の事が気に掛かっているからだ。

 動いてみないと分からないのに、動けなかった。威圧感も威厳も無く、年だって十歳は離れている。本来は臆することは無い。

 けれども、動けなかった。

 車のドアが閉まる音がした。我に帰り、振り返ると全員車に乗っていた。それでも変わらず、東洋人は銃口をこちらに向けていた。

 エンジンがかかり、走り去っていく。

 ただ一人、街の喧騒から切り取られた様に佇む。

 後を追う気にもなれず、俺は煙草を咥え火を着けた。部下を迎えに行くために、警察署まで歩くことにした。

 大通りまで出て喧騒の中を歩いていると、ふと思い出した。

 気に掛かっていたことの正体が。

 ――――あれは、何時の事だったか。そうだ、祖国の社会体制が崩壊し、周辺諸国との軋轢が最高潮に達していた時だ。

 軍隊に入りたてだった俺は、体のいい事を言われ半ば使い走りの様な事をしていた。

 ある村に潜むゲリラを殲滅せよとの命を受け、その村に向かいゲリラを血祭りにあげた。その際、俺は殺したゲリラの子供から攻撃を受けた。

 不意を突いた攻撃だったが、体格の小さい子供がAKを撃ったところで当たるはずもなく俺は反撃した。

 しかし、その子供は避けたのだ。俺の銃撃を。まるで、そこに弾が飛んでくることが分かっていたかのようだった。もしくは、俺が攻撃するタイミングを読んでいたか。

 当時の俺はそれを否定した。マトモな戦闘訓練を受けていない子供が、プロの攻撃のタイミングを読むなんて芸当が出来る訳が無い。

 命を賭けた追いかけっこの末、俺は携行してきた5.45ミリ弾を使い切り予備として持って来ていたトカレフTT-33まで使う事になった。

 更に弾倉の半分を使い、ようやく足に命中させることが出来た。

 身動きの出来なくなった子供の頭を狙い、引き金を引いた。

 それでも、子供は弾を避けた。

 俺が引き金を引いたのとほぼ同時に。

 ここで俺は理解した。

 この子供は俺の殺気を読んでいたのだと。それ以外に自分を納得させる理由が見つからなかった。


「……殺して、やる」


 親の仇なのだから、そう言われるのは当たり前なのだ。けれど、死にかけているのにその言葉には確固たる自信が滲んでいた。


「やってみろ」


 トカレフの銃口を額に押し付け、引き金を引いた。

 ――――あの時の子供が、今際の際に言った「殺してやる」と東洋人が言った「殺す」はどこか似ていた。

 攻撃を繰り出すタイミングが分かるから、生きてお前を殺せる。

 要はそう言うことだろう。

 最も、あの子供と違いあの東洋人はを驕らずにいるから印象が違ったのかもしれない。

 あの東洋人とは、もう会う事は無いだろう。

 だがもし会う事があったら、聞いてみたいものだ。

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