11月18日午前9時59分~11時12分

 遠ざかるロシアの隊長さんを眺め、その姿が見えなくなるまで俺は拳銃を収めなかった。

 車が角を曲がると、それと同時に安堵の息を漏らしシグをホルスターに収めた。


「緊張した……」


 脇の下は汗でぐっしょりと濡れている。

 特殊部隊の隊長を脅すなんて、人生で初めての事だ。それもよりにもよって、練度の高い部隊の上に立つ人間をだ。

 口ではいっぱしの事言っていても、怖いものは怖い。

 捕まったロシア人から、隊長の居場所を聞き出そうと言ったのは俺のアイデアだっていうのに。

 包囲網は崩壊したし、このまま町を出てもよかったが隊長がいる限り部隊を再編制してまた襲ってくるとも限らない。だから、「お前の部下を排除した」と伝える事でこちらの意思を表すという考えだった。

 一般人を巻き込みたくない、向かってくる敵に容赦はしない。

 それを相手に伝えた上で俺は、「警察署に行け」と言った。

 くだらない与太話に混ぜ込んだ会話だったのに、あの隊長は真剣な眼差しで話を聞いていた。

 そして、俺の言葉に「そうするよ」と答えた。

 口を開く前の沈黙が彼が思考していることを裏付けている。

 彼が何を考えていたかは分からない。けれども、二度と会う事は無いだろう。

 もう一度息を吐くと安堵と疲労が入り混じり、不意に眠気が襲って来た。


「……疲れたから寝る」


 それだけ言い残し、俺は目を瞑った。十分睡眠をとったはずなのに、眠くなるのは年のせいか単純に疲れているだけなのか、俺には判断できなかった。

 マリアが何か言ったような気がするが沈みゆく意識の中で、聞き取ることはなかった。



 意識が戻りかけた頃、窓の外の景色は殺風景な砂漠になっていた。太陽はてっぺんに昇っており、時刻が正午近いことが分かる。


「――――ロケットは、必要ですよ。でなければ、人間は地球が青い事を知れませんでしたから」

「ええ。宇宙も知る事も無かったですからね」

「でも、そんな尊い技術をミサイルに使われるのは嫌です」

「……本当に」


 運転席のハリーと隣に座る博士が話をしているようだ。無神経にここで起きるのは、悪い事だ。

 そう思い俺は意識の半分が眠ったまま、もう半分の意識を二人の話を聞くことに集中することにした。


「イートンさんは、前は何処にいたんですか?」

「……僕は、陸軍にいました。工兵やら、機甲師団を転々としてましたね……機械いじりが好きだから」

「機械いじりですか……ロボットとかラジコンですか?」

「ええ。子供の頃から好きでした」

「では何故イートンさんは、ISSに?」

「……昔の話です。あんまり、この話をしたくは無いんですが……僕と貴女の考えは似ている。だから話します」


 そう言って彼は、昔話を始めた。


 ――――少年が機械に触れたのは、五歳の誕生日の事だった。

 車のラジコン。値段にして二百ドル程の玩具が、彼の人生を大きく変える。その玩具がいたく気に入ったイートン少年は、昼夜問わずラジコンを動かしていたらしい。

 ある時、ラジコンが動かなくなってしまった。

 電池が切れたと思った少年は、新しい電池に交換し改めて電源を入れた。だが、ラジコンはモーターの唸りを挙げない。

 少年は半べそかきながら、リモコンやラジコン本体を振ってみたが反応は変わらない。母親に助けを求めたが、機械に疎かった少年の母は彼を慰めるだけで直すことは出来なかった。

 貰ってから相棒の如く連れ回していたラジコン。それを失いたくなかった少年は、幼い頭で自らの手で直すことを決意した。

 父親の工具箱を引っ張り出し、未熟な知識でドライバーなどの工具を使った。

 試行錯誤の末、電気系統のコードの接触が外れているのに気が付くとコードを元の位置にはめ直した。

 機械部を本体に入れ、ねじを締める。

 リモコンを手にし、レバーを傾けた。ラジコンはまた動き出した。

 相棒が復活した。その事実に喜ぶと共に、少年の脳裏には別の事への関心が姿を覗かせていた。

 涙を拭いながら触った機械部。少年は初めて見たモーターや、カラフルなゴムで覆われた配線に興味を持った。

 それから時は進み、彼は大学生になっていた。

 幼き日の純粋な気持ちを胸に、彼は工業系の大学に進学したのだ。

 研究室やクラブで黙々と機械を弄る日々、それは彼にとってとても充実した時間だった。

 大学を卒業したら、有名な機械のメーカーに就職するだろう。彼も周囲の人間もそう思っていた。

 しかし、運命は狂いだす。

 彼が大学三年生の年。米国大手の不動産企業が倒産した。

 その影響はすさまじく、国内だけでなく国外まで影響を及ぼした。当然国内の就職率は激減し、彼が就職を望んだ企業も新卒を取らなかった。

 その不況は長く続き、彼が大学を卒業しても状況は悪化するばかりだった。

 彼の両親は、彼に陸軍への入隊を進めた。

 彼の叔父が陸軍の左官であり、入隊希望の枠にねじ込む事が出来たのだ。

 当然、彼が望む進路ではないため彼は猛反対したが、待っても改善しない状況に遂に折れざる負えなくなった。

 そんな彼を哀れに思ったのか、彼の叔父は甥っ子の為人事と掛け合い工兵部隊へ配属された。

 コネで入ったギークオタクだと最初こそ舐められたが、子供の頃から鍛えた腕でベテラン軍曹を圧倒した。

 腕のあるやつは信頼され、そして仲間になる。

 そして順調に隊内での地位を高めていった。だが、運命はまた狂いだす。

 機甲師団に異動になり、海外派遣に行くことになった。

 中東のある町に駐屯する事になった彼は、任務に出る以外は駐屯地でラジコンを弄って遊んでいた。

 ある日彼が駐屯地の近くで自分のラジコンヘリを飛ばしていると、現地の子供達が自分を見ている事に気が付いた。


「やるかい?」


 物珍しそうに見ていたのは、自分ではなく空を飛ぶラジコンヘリの方だった。

 リモコンを貸し、操作方法をレクチャーすると子供達は遊び始めた。

 最初の方こそ危なっかしい場面はあったが、次第に彼が教えた曲芸飛行もどきの動きさえ出来るようになった。


「上達が早い。きっといいパイロットになれる」


 子供たちの頭を撫で、交流の証としてラジコンヘリをプレゼントした。子供達の前にヘリを差し出すと、子供達は満面の笑みでそれを受け取った。

 その日は市場に行って、電子部品なんかを買って帰った。

 けれど、次の日の夜。緊急招集が掛かった。ゲリラが突如攻撃を始めたとのことだった。

 歩兵戦闘車とトラック二台で現場で向かっていると、突如として後方のトラックが爆発した。


「敵襲!」


 彼はM16を持ち、爆発したトラックに近づいた。ガソリンと人の焼ける臭いが鼻を突く。

 そのトラックの生存者はいなかった。


「みんな死んでる……」

「ゲリラが地雷でも仕掛けたのか?」

「やったのはゲリラだ! 訓練を受けたゲリラだ!」


 皆が混乱していると、一人の隊員が怒鳴った。


「何か聞こえる! みんな静かにしろ!」


 それに従い、皆が黙ると彼の耳には聞き慣れた音が入って来た。

 

 弾かれる様に空を見る、すると空に赤い光が漂っているのが見えた。


「空だ!」


 彼は叫び! M16を撃った。それと同時に仲間達も銃を撃った。

 それはアクロバット飛行を繰り返し、銃弾を避けた。

 なんとか一機撃墜し、様子を見た。激突の衝撃で、C4プラスチック爆弾に刺さっていた信管装置は壊れていたので、物陰に隠れ観察した。

 市販されている普通のラジコンにC4を括り付けただけの単純な物。

 それで、歩兵十数人を殺すことが出来たのだ。

 不意に鳴り響いていた銃声が止んだ。


「どうした?」

「やった! ゲリラを殺した!」


 ラジコンをその場に置くと、仲間の元に向かった。

 そこで死んでいたゲリラは、ラジコンヘリの操縦を教えプレゼントした子供達だった。

 その亡骸を目にした後の記憶はうろ覚えらしい。

 仲間達の話だと、突然叫び出し慟哭していたようだ。

 近くには、自分がプレゼントしたラジコンヘリが置いてあった。それにも、C4爆弾が装着してあった。

 仲間が死んだ原因の一端は自分にある。更に、自分がヘリの操縦を教えなかったら子供達はこんなことしなくて済んだかもしれない。

 彼はそう考え、自分を責めた。

 幼き日、自分が夢を抱いた物で今は子供達と勇敢な兵士の命が散ったのは、事実なのだから。

 派遣から帰っても、その事がフラッシュバックしうつ状態になってしまった。

 精神病一歩手前で軍を辞めようとしたある日、ISSの人間が会いに来た。


「貴方をスカウトしたい」


 そう言って職員が見せたのは、彼が学生時代作った機械の数々だった。


「もう……戦いたくありません」


 一度はこう返したが、職員はこう返答した。


「貴方の力があれば、あの子供達のような事をする子供達を救える」


 事故とは言え、一度誤った身。その力で罪滅ぼしが出来るのであれば、是非。そう言って彼は軍を辞めた。

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