11月18日午前9時34分~47分

 遊撃隊。

 ロシアはスペツナズ特殊部隊のエリート隊員の中から選別された、エリートの中のエリート。

 古くは冷戦時代、来る東西の衝突を待ち受ける旧ソ連の軍事幹部が編成した部隊である。ソ連時代から地下に蠢き、その影に触れようものなら女子供も容赦せず始末してきた。

 アフガニスタン侵攻の際は、立ちふさがる者全てを殺し侵攻を全力でバックアップした。

 その時にCIAに足を掴まれかけたが、何とか逃げ切り崩壊を地下で逃れ今日まで生き延びてきた。

 昔こそ遊撃隊の名に恥じぬ活躍ぶりだったが、冷戦の雪が溶けてからは派手にドンパチすることはほぼ無くなり、もっぱら水面下での働きが主になった。

 誕生から半世紀以上の時が経ち、組織は変わった。

 火力で圧倒してきた戦いは、忍び一撃必殺が旨になり。

 ガタイの良い歴戦の兵士から、求められるのはスタイリッシュな戦闘が出来る若造に。

 しかし、嘆く者は誰もいない。

 彼らを知る者は誰もいないのだから……。



 簡単な任務のはずだった。

 宇宙工学の権威を奪う。しかし、思いの外博士は抵抗し随分と手を焼かせてくれた。

 今回の護衛、ISSの職員は粘ったがこの町でその悪運も尽き無残に屍を晒す。

 ……はずだった。

 最初に我々の姿を認識した時は憎々しげにこちらを見ていたが、今はあちら側がこちらを観察する目つきになっている。

 仕掛けてくる訳でもなければ、強行突破する訳でもない。

 金髪ショートヘアーの女が煙草をふかし、東洋系の男が腕組みしているだけだ。

 目的の博士はここからだと見えず、歯がゆい。


「あいつ等、動かなくなりましたね」


 相棒が話しかけてくる。相棒と言っても、年は息子と父親程離れている。


「俺達の隙でも見つけたいんですかね?」

「……分からん」


 いくら修羅場を潜ってきても、相手の手の内が分からない時が一番警戒すべき時だと経験が物語っている。

 臆病な者だけが戦場で生き残るのだ。勇敢なだけでは生き残れない。

 パトカーのサイレンが近づいてくる。

 そのまま通り過ぎて行くかと思ったが、屋台の前に停まった。

 紺色の制服を着た二人組が降りてくる。


「いらっしゃい!ウチは何でも美味いですよ」


 お決まりの商売文句を訓練通りに。街に溶け込み、標的の背後に回り込む最近はこんな事ばかりだ。少々飽きてきたが、文句は言えない。


「いや、ホットドッグを買いに来たんじゃない」


 警官の一人が屋台を覗き込む。その動作は気だるげだ。


「……この店で、ヤク売ってるって通報が入ってね。少し調べさせてもらいますよ」


 もう一人が申し訳なさそうに言う。


「君もいいかい?」


 相棒にも声が掛けられた。

 アイコンタクト。


『やりますか?』


 即座に返す。


『やめろ』


 返すと同時に、ISSの奴らの狙いが分かった。

 この隙に博士を連れて、逃げ出そうって魂胆なのだろう。しかし、この町はもう部隊に包囲されている。

 視線を横に向けると、既にあの二人は姿を消していた。

 そう易々と逃げられる訳が無い。


「……お巡りさん。俺等、何もしてないですよ」

「いいから、身体検査させて。ね?」


 いささか強引すぎる。間違いなく、何かある。それが何か走る由は無いが。


「なんだこれは!?」


 もう片方の警官が怒鳴った。手にしているのは、相棒に支給された9ミリ仕様のスプリングフィールドXDだ。

 拳銃を見た途端、俺に付いていた警官が素早く腰回りをまさぐってきた。

 隠し持っていたグロック19を奪われる。


「……これは?」

「………………」

「少なくとも買い食いや露天商には、必要無い代物だな」

「……薬の売人ではない」

「そうみたいだな……署で話を聞こう」


 手錠を後ろ手に掛けられ、連行される。このままでも警官二人の息の根を止められるが、野次馬が多くできそうにない。

 磨き上げた体術は、大道芸ではなく早く正確に仕留める為のモノだ。こんな日の下で晒すモノではないし、そもそも人に見せるモノでもないのだ。

 無抵抗のままパトカーに乗せられた。

 ひっきりなしに鳴り響く無線。

 その内容が耳に入った。


<――――テロ組織が市内に展開しているとの情報がFBIから>

<6丁目にて、銃器違法所持の疑い――――>

<こちらP994。52丁目にて、ロシア系のジャンキーが――――>


 次々流れる無線の内容から分かった事は、猟犬部隊のほとんどが何らかの理由で通報されている事。

 そして、連行される者がテロリストだと半ば認定されている事。


пизда畜生……」


 ISSの人間は、俺達の一人や二人を片付けたかったのではない。徹底的にやるつもりなのだろう。

 敵ながら、思い切った方法だと思った。自分達が見られていて、身動きが出来ないから、この町で自由に動け当たり前にあるからこそノーマークになりがちな組織――警察。

 我々としても、微塵も警戒していなかった。

 だがそれは、街に溶け込みその目を掻い潜ってきた経験からくる、油断だったのかもしれない。

 それに戦闘不能になったが、死んだ訳ではない。国は我らをまだ必要としている、今日中に大使館経由で釈放命令が出るはずだ。

 その間に俺が出来るのは、今にも警官を殺しそうな気配を漂わせている相棒を窘める事一つだけだ。



 走り去るパトカーを眺め、歩き出した。


「……元FBIパワーか」

「……シルヴィアって、凄かったんだね」


 マリアのアイデア、俺の次に乗り気だったのはシルヴィアだった。

 今朝、モーテルで漏らしていた自らの経歴。

 ISSに所属しているからには、それなりだろうとは思っていたがFBIにいたのは少し驚いた。

 彼女の明朗快活な雰囲気と、アメリカ映画に出てくる嫌味な彼らのイメージと何処か結びつかなかったのだ。

 昔の知り合いと話を付け、警察に手を回した。こうでもしないと、警察はロクに動かないらしい。

 確かに、マトモな神経していればどこぞの者か分からない市民の通報で、そう簡単に警官を出してくれるかどうか。

 と彼女は俺達に説明し、それを実行した。

 それだけの力と実行力を、彼女は持っているのだ。

 ……そう考えると、俺は誰の事も詳しくは知らない。今隣にいる相棒の事さえも。


「……行こう。とっとと、終わらせて帰ろうや」

「そうだね」

「……仕事帰りに一杯奢ってやるよ」

「……それ言った奴は、映画だと死んでる」

「……確かに。でも、俺は死なない。……死んでたまるかよ」

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