11月18日午前9時20分~29分

 人混みの中を歩く。

 それだけ見れば日常のワンシーンでしかないが、今俺達が置かれている状況だとゲリラが潜む南米のジャングルを行軍しているのと、さほど変わりは無い。

 むしろ、人が多い分ジャングルより気を遣う。

 戦闘員がいつ仕掛けてくるか分からないし、民間人に流れ弾が当たらないか不安になる。

 俺達としては、ここで仕掛けられるのは勘弁願いたいが相手の思考回路が分かる訳でもなく、最悪の事態を頭に浮かべながら歩くしかない。

 無言で歩いていると、十字路に出た。


「どうする?」

「街を出るには、右に曲がるみたい」


 携帯で地図を見ながらシルヴィアが言った。


「……そうか。行こう」


 曲がり角に一歩踏み込んだ瞬間。歩道のレンガに穴が空いた。次に、角の壁に穴が空き破片が舞った。

 それとほぼ同時に、俺達は壁に吸い付き射線を切った。


「狙撃?」

「いや、待て……」


 覗くとホットドッグの屋台の親父と、その前に立つ青年と目が合った。二人共、俺が見ている事に気が付くとこれ見よがしに銃を見せつける。

 ホットドッグ屋がのっぺりとしたポリマーフレームの拳銃、グロックを持ち青年がそれと似たスプリングフィールドXDを持っていた。

 どれもサプレッサーが装着されており、隠密性に優れている。道行く人々が悲鳴を挙げず、逃げ惑わないのが何よりの証拠だ。


「バッチリ狙われてる」

「行けそうにない?」

「拳銃だから、突っ切ればどうにでもなりそうだけども……」


 弾が当たらなかったのが、たまたまではない事が二人の嫌な笑みが物語っている。「俺達が本気出したらお前等なんて、イチコロだ」とでも言いたげだ。

 しかし、そんな態度を取っておいて向こうは仕掛けてこない。


「何が目的だ?」

「……どうするの?」

「……目的が分からない限り、迂闊に手を出して火傷するより避けて通った方がいいかもしれないな」


 博士の盾になりながら、道路を横断する。屋台の二人は俺達が自分たちの方に来ない事が分かったのか、興味が失せたかのように作業を始めた。


「なんなんだよ……」

「気味が悪い」

「……なんだろう。この、いいようにあしらわれている感覚」


 もう一ブロック進むが、今度は右方向は道路工事を行っている。作業着の上に蛍光ベストを着た男達の左胸は膨らんでおり、重機使うには必要無い鋭い眼光を宿らせていた。

 進行方向は若いカップルがいちゃついてるふりして、俺等を観察していた。

 けれど、左側にはそれらしい人物は配置されていない。

 この場で進める方向は一つ。

 バイクでの追い込みから始まり、乗り物の破壊、進行方向を絞り街からの脱出を拒む。

 それが意味するのは。


「……俺等、これ追い込まれてるのか?」

「だね、このまま進めば……」

「みなまで言うな。誰にでも察しが付く」

「……前門の虎後門の狼ってか」


 こめかみを押さえ、目を瞑る。頭痛がしてきた。

 俺達が追い詰められている。

 確かに、最初から殺すつもりなら最初からそうしているだろう。特に俺を狙う機会はあった。だがやらなかった。

 修羅場になると出て来る、あの妙な感覚も今回に至っては顔も覗かせていない。

 俺の勘が、まだ修羅場ではないと伝えていたのだろう。

 だが俺達の状況は王の駒の前に、金がいるのと同じだ。

 とどまれば殺され、下手に動いても殺される。

 そんな状況を覆すには?

 俺が思考の迷路にハマりかけた時。


「……相手が誂えた舞台で私達を追い込もうってんだったら、こっちがその舞台を滅茶苦茶にすれば」


 マリアだった。

 ホルスターに収められた、グロック17を握り締める手は真っ赤だ。


「このままいいようにやられるぐらいなら、いっそのこと滅茶苦茶にかき回してやる」


 そう言って、彼女は俺を見た。


「……俺もいいようにやられるのは、大嫌いだ」


 どの道、ここで足踏みしていると遅かれ早かれ向こうは強硬手段に訴えてくるはずだ。

 その前に向こうが築き上げた作戦を、滅茶苦茶に崩す。

 一見破れかぶれの行動にしか見えないが、追い詰めるにあたって向こうが危惧するのは、相手が予想外の動きをすることだろう。

 下手なことされると、立てておいた作戦やローテーションが水泡に帰すことになる。

 勿論、向こうだって馬鹿ではない。様々な行動パターンに合わせ、臨機応変に対応をするだろう。

 それでも、向こうがご丁寧に舗装した地獄への道にのこのこと歩いて行くより、勝てる見込みは高いはずだ。

 マリアの若い感情の暴走が、王手が掛けられた状況を打破できるのならば……。


「俺もその考えにのるぞ」

「……でも滅茶苦茶にするって言っても、どうするの?」


 シルヴィアがマリアに聞く。


「悪い人を見つけたら、皆はどうする?」

「どうするって……」

「普通、警察に通報するな」

「もしかして、マリアさん……」

「サイレンサーを付けて、こそこそしている連中を警察にチクってやる」


 いたずらっ子みたいだ。


「銃を持っている訳だし、テロだなんだと騒いでいる中、警察はしている人間を見逃すわけにはいかないはず」


 警察の人間にとって、奴らが銃を持つ理由は知った事ではないし奴らもペラペラと話すわけにはいかないだろう。

 昨日から米国某所で多発している事件の状況を鑑みるに、警察当局は銃を持つ理由を持たない連中を、絶対に連行するはずだ。

 やぶれかぶれの様で、意外と理にかなっている。

 俺の相棒は――最高だ。

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