似て非なる者

 俺が運転するセダンは、金網とコンクリートで出来た監獄に到着した。

 レミントンM1100を携えた刑務官が、車の窓を叩く。


「……面会希望の方?」


 俺は身分証を刑務官に見せた。


「連絡した、ISSの赤沼浩史だ」

「ああ……。どうぞ」


 太った刑務官は、詰め所に入りゲートをONにする。

 刑務所の敷地内なんて一生立ち入る事はないだろうと思っていたが、人生は何があるか分からない。

 車から降りて、俺は受付を済ます。

 海外の刑務所と言えば、ドラマとかで見るような毎日が世紀末な囚人達が大騒ぎしているのをイメージしていたが流石にそんな事はなかった。


「まぁ、当たり前と言えば当たり前か」

「何か?」

「いえ、別に」


 面会室まで案内してもらう。


「私は、ここで待っています。何かあったら、すぐに駆け付けますので」

「ありがとうございます」


 刑務官に礼を言い、面会室のドアを開ける。

 部屋の雰囲気は、ISSの取調室に似ていた。だが、ISSの取調室より冷たい印象は受けない。

 そして、厚さ五ミリのアクリル板を隔てた先には。


「久しぶりだな」

「ああ。三か月くらい前か、アンタを逮捕したのは」


 大柄の黒人。

 トーマス・エンジェルスが、オレンジ色の囚人服を着て座っていた。

 俺もパイプ椅子に腰掛ける。


「……大分印象が変わった。少し瘦せたか?」

「ここ三か月で、かなり引き締まった。……よく分かるな」

「……迷惑な客を追い払う為に、ポケットとかに武器が隠してないかを観察していたら、一目見ただけで、相手の鍛え具合も分かるようになった。特技の一つさ」


 三か月前。彼と対峙した時、彼は俺がショルダーホルスターで拳銃を携行しているのを見切っていた。


「それは凄い。出所後は、金持ちのボディーガードに就職したらどうだ」


 その特技や、銃を持っている人間と密室で対峙できる度胸を持っているなら、向いているだろう。


「金持ちは嫌いだ」

「じゃあ、無理だな。殴るべきは悪漢なのに、主ぶん殴っちゃ意味ねぇ」

「よく分かってるじゃないか」


 エンジェルスはひとしきり笑った後、急にシリアスな顔になる。


「……とっと本題に入るか。こんな話をする為に、マンハッタンから来た訳じゃないだろう?」


 太い杭みたいな声。刃物みたいな鋭さは無いが、人を威圧するにはこの方がいいのかもしれない。


「そうだ。……お前らが売っていた麻薬のアガリ売り上げについて、話を聞こう。」


 面会室の空気が一気に重くなる。

 エンジェルスは腕を組み、身を乗り出した。


「まったく、不愉快な話のネタだ」

「その割には、話し相手に俺を指名する辺り、楽しんでるように思うけどな」


 麻薬の金の事で、逮捕された関係者を取り調べたら他の関係者が口をつぐむ中、唯一口を開いたのがエンジェルスただ一人。

 本来なら、調査係の奴が派遣される予定だったのが、向こうが俺を指名してきたのだ。

 班長からそれを知らされた時、俺は一瞬お礼参りかと勘繰ってしまった。

 だが、こうして話しているとその心配が杞憂であるかを思い知る。

 目の前の男は、タフで頭の切れる奴。

 だと、俺は思っている。


「最初に気が付いたのは、ISSの誰だ?」

「調査係所属のISS局員。詳細は話せない」

「だろうな。……まぁ、いい」


 エンジェルスは遠い目をして、語りだす。

 カリスト・マイオルがニューヨークで商売を始めたのが、約六年前。

 エンジェルスも、元はそこでギャングを束ねていた。

 ギャングと言っても、アル・カポネとかトミーガンとかを想像するような豪勢なものじゃなく、精々チンピラが関の山だったらしい。

 その時もシノギでヤクを売っていたが、マイオルは現れるや否やそのシノギを全て掻っ攫っていった。

 エンジェルスの組だけでなく、他のギャングも同様だ。

 一部の過激派が、マイオルを襲撃する計画を立て実行に移したが生きて帰ってきた者は無し。

 応援に駆け付けた奴らが見たのは、大量の薬莢と辛うじて人の形を保った肉の塊だった。

 シノギも奪われ、反抗も出来ない。明日はどうなるか、ギャングらが頭を悩ませていたところマイオルは全ての組を統括し、一つの麻薬カルテルを作りあげたのだ。

 反抗も出来ず、流されるがまま、エンジェルス達は一員になってしまう。

 だが、歯向かわなければマイオルの対応は比較的マシな物だった。

 むしろ、大小様々な組織が入り乱れていたのを一つにまとめ上げたお陰で、組同士の抗争が減り利益も多くなる。

 紆余曲折はあったものの、麻薬王カリスト・マイオルの名はニューヨークの裏社会に轟いた。

 構成員の数、捌く品物の数、武力。

 それに敵う組織は、もう無かった。

 それから数年後。

 エンジェルス等の元に、ある奴等がやって来た。

 金ぴかバッジをベルトに提げた、NYPDニューヨーク市警の警官。

 ガサ入れに来たのではない。

 タカりに来たのだ。

 とんでもない不良警官達は彼等が麻薬取引を何処かで知り、見逃す代わりにアガリの四割を寄こせと要求してくる。

 突っぱねようとしたが、見せしめとして一軒潰された。

 カリストが上陸した時以来の山が、カルテル構成員の前に立ちふさがる。

 しかし、カリストは狼狽えず、その要求を飲んだ。

 構成員は、権力に屈したと嘆く者もいた。

 だが、カリストの目はもっと先を見ていたのだ。

 仮に、ガサ入れが入る時にタカられていた事をマスコミに流せば、刺し違え、いや警察のダメージの方が大きくなる。

 カリストは自分を足で踏ませたと相手に思わせ、実は相手の首に狙いを定めていた。

 店にやって来る不良警官に金を渡すこと一年。

 カリストの使いと名乗る、見知らぬ男がやって来たのだ。

 その男は、もう警官に金を渡さなくてもいいと言う。

 最初は信じられなかったが、カリストの名を知っているのは元ギャングの幹部だけ。外の人間が知っているということは、カリストがその名を明かし接触したという事だ。

 そして、ヘブンズフラワーを定期的に買い取るという事を、エンジェルスに告げた。

 しかも、その単価は客に売りより格安で。

 彼は信じられなかったが、使いの男はカリストの名を出しその要求を飲みこませた。

 それが、数は売れてるのに金額が少ない帳簿の真相だった。


 俺はゆっくり息を吐き出し、エンジェルスを見つめる。


「嘘、言ってないよな?」

「……賭けてもいい」

「よし」


 今度は俺が身を乗り出した。


「使いの男の特徴は?」

「……四十後半から五十前半。白人で体はあまり鍛えてなさそうだった。偉そうで、人を苛つかせるような態度を取る男だった」

「服装は?」

「スーツ。高そうだったが、似合ってない。見栄はっているように思えたな」

「……他に、なんか気付いた事は?」

「……そうだな」


 エンジェルスは数秒目を瞑る。

 そして、喉を震わせた。


「ポリ公とは、少し印象が違う感じだった。だが、似ていた」

「……雰囲気が?」

「そうだ」


 俺は天井を見上げた。


「警察と雰囲気が似てるけど、違うか……」


 答えの様で、まったく分からない言葉に俺は頭を回転させる。

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