あの日あの時あの場所で

 朝。オフィス街のど真ん中にあるISS本部前を見張るのは、簡単だった。

 サングラスをかけて、携帯を弄るフリをしていれば誰も気にも留めない。

 尾行、張り込みのコツは、普通にしている事。

 理由も無く突っ立てる奴はいないし、むやみやたらにキョロキョロする奴もいない。

 要は私自身が、景色と同化すればいいのだ。

 それから、ひたすら待ち続ける。

 集中力と体力が試される仕事の一つだ。

 ジャンパーに顔をうずめながら、その時を待ち続ける。

 『待てば海路の日和あり』。昔の人は良い言葉を残したものだ。

 街路に立ち続けてから三時間。その時がやって来る。

 イートン伍長が建物から出てきた。手には大きな荷物を持っていて、連れがいる。

 MA-1ジャンパーを着た東洋人だ。

 歩き方が軍人らしい。使い込まれたジャンパーから推測するに、元空軍かもしれない。

 携帯をシャツの胸ポケットに仕舞い私は、人混みに紛れ二人を追い始めた。

 二人は何か話しながら、セントラルパークの方に歩いている。



 

 ニューヨークのオアシスことセントラルパーク。

 摩天楼が立ち並ぶこの街では、貴重な開けた場所になる。

 公園の真ん中まで行って、湖の前で荷物を解いた。


「ドローンだ」


 荷物を覗き込んていた赤沼が、目を輝かせる。

 彼とはロビーで、ばったり会った。

 昼食を食べに行こうとしたようで、誘ってくれたのだ。

 二つ返事で了承しても良かったが、ドローンの操縦練習が優先順位は先だと伝えたら、着いて行くと言った。

 どうやら、ドローンに興味があるらしい。

 だが、この反応を見る限り興味は興味でも、好奇心の方面だろう。


「思ったより大きいな」

「ああ。企業が荷物の配達用に使っているのと、同じ機種だ」

「そこら辺の空撮用のとは、やっぱり違うのか?」

「勿論」


 ISSにドローンが導入されたのは、去年の事。

 僕らが求めていたのは、空撮用だったが本部が購入したのがこれだった。

 オーバースペックだと最初は思ったが、値段相応いやそれ以上の働きをしてくれている。

 それに、撮影用の機材や煙幕を張る事が出来る機械を搭載したら、まともに動くのは当時はこれしかなかった。


「……確か、カリスト・マイオルの件で拉致られた時、これに助けられた」

「そうだったね」


 空に渋滞はないし、ヘリより手間は無い。彼の事件の時、どの部署より先に動いたのはこのドローンだった。

 梱包材を外し、芝生の上に置く。

 今日は、操縦の腕を鈍らせない為の練習だ。公園を一周程すれば十分だろう。


「お手並み拝見かな?」

「まぁ、恥ずかしくない程度には」


 リモコンのスイッチを入れ、ドローンを浮かばす。

 四つ付いたプロペラを回しながら、徐々に高度を上げていく。

 七十メートル程の高度で一旦ホバリングさせ、カメラを作動させる。

 真下に付いたカメラは、リモコンの画面に僕らを映した。

 そして、公園の奥の方に飛ばす。

 流れゆくカメラ映像を赤沼は見詰めていたが、携帯の着信に顔をしかめた。


「誰だ? ……班長か。悪い、ちょっと行って来る」

「分かった」


 小走りで赤沼が離れる。僕は、カメラ映像を眺めながらゆっくりと操縦した。

 こうしていると、昔を思い出す。

 あの砂漠で過ごした日々を。

 あの子供達と出会った時も。

 アリソンと出会った時も。

 こんな青空で、僕はラジコンを動かしていた。

 だが、今は違う。

 髪も髭も伸ばし、所属も変われば場所も違う。

 それに、今やっているのは仕事の一環だ。


「ハリー!」


 若い女の声。一瞬、自分が呼ばれたのだと気が付かなかった。

 でも。


「また会ったね」


 アリソンがそこにいた。ジャンパーを腰に巻き、サングラスをシャツの襟に引っ掛け、額にはうっすら汗を滲ませている。


「どうした? こんな所で」

「ジョギング。たまには、体を動かさないと」

「……そうか」


 とりあえず頷く。


「何動かしてるの?」

「ドローン」

「お仕事?」

「そう。でも、何か撮ってる訳じゃない。まぁ、腕が鈍らないように練習中ってところ」

「熱心ね」

「そうかな」


 しばらく無言になる。彼女の気持ちは分からなかったが、僕は何を話そうか考えていた。


「……そっちは、仕事、大丈夫なの? 上司の人、酷いんでしょ」


 一瞬、彼女の眉が動いた。彼女は曖昧な、笑顔らしき表情になる。


「しばらく、こっちで仕事しようかなって。パソコンはあるし、少しくらい……ね」


 僕は笑顔で返す。


「そっか。……嫌な人の顔を見ないで済むなら、それでいいと思うよ」


 僕の言葉に彼女は笑みの曖昧さを強めた。その表情は、何処か悲しげに見える。

 胸が痛くなっていく。

 何か言葉を捻り出そうとしても、何も出てこない。

 女性に気の利いた言葉を掛けるなんて、どうすればいいのか。


「お~い!」


 僕が迷っていると、赤沼が戻ってきた。

 彼は、アリソンに気が付き会釈すると僕の肩に腕を回す。


「誰だ? そこの人は」

「……昔の同僚」

「……前、言ってた人か?」

「そう」


 それを聞いて、納得したのか彼は肩から腕を外した。


「……それより、本部から呼び出しがかかった。先戻るから。……また今度、飯奢るよ」


 それを言い残し、赤沼は去って行く。

 平日の昼間の公園に、男女が二人残された。

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