違えた道

 ニューヨークのビジネスホテルの一室。

 アメニティーの安いインスタントコーヒーを啜りながら、武器担当官に電話を掛けた。


「……私です」

『その声は、アリソン君か。……今日も随分と、大変だったそうじゃないか』

「いつもの事です。それより、武器の方をお願いします」

『何が欲しい?』

「HK45のサプレッサーと専用バレル。あと、MP5SD6に三~四倍位のスコープを着けてくれる」

『いいだろう。だが、いいのかい?』

「何がです?」

『仕事内容だよ……。ISSに喧嘩売って』

「……やらなきゃ、私が適当な理由を付けて殺されます」


 あんな屑でも、権力がある。

 戦う力が無くても、それがあれば何でもできる。善も悪も自由自在だ。

 私には、戦う力はあっても権力は無い。

 善も悪も、何も決められない。

 ――自分の生死すらも。


『……そうかい』


 電話の向こうの彼もそうだ。


『どこに、銃を送ればいい?』


 ビジネスホテルの住所を告げる。


「“精密機械”って名目で送って」

『了解です』


 電話は切れた。

 カップを置き、溜息をつく。

 そして、ベッドに倒れ込んだ。

 イートンが私に背を向けた時、撃とうとした。

 けど、人もいたしサプレッサーも着けてないから、殺したとしても八方塞がりだっただろう。

 

「『僕らの都合』か……」


 イートンの声がフラッシュバックする。

 軍に居た頃の彼は、オタク臭い若者を絵に描いたみたいな人間だった。

 度が強い眼鏡をかけて、無口が基本で、何を考えているか欠片も見せない。

 それなのに、彼の周りには笑顔があった。

 その時は分からなかったが、分かる事になる。

 ある日。彼が、駐屯地の空いたスペースでラジコンを走らせていた。

 声を掛けると、彼はのんびりした口調で笑顔を返す。

 意外に、彼は社交的だった。

 私にもラジコンを触らせてくれてたし、操縦も褒めてくれた。

 楽しかったというのは、覚えている。

 それから、食堂や自販機の前とかで会えば世間話をするようになった。

 でも、ある晩を境に彼は変わってしまう。

 爆弾を持ったゲリラが攻撃を始めたと連絡が入り、彼の部隊が応援に向かった。

 しばらくして、部隊が帰還する。

 誰もがゲリラを殺して清々した顔をしているのに、イートン伍長だけが酷い顔をしていた。

 力が抜けた体は仲間に両脇を抱えられて、マリオネットを想像させる。迷彩服は血塗れ、泣いた跡が頬に残っていた。

 聞いた話では、自分が組み上げたラジコンを地元の子供達にプレゼントしたが、それがラジコン爆弾に改造されていた挙句その子供達が死んだから、あんな風になってしまったという。

 実際、駐屯地があった町は安全が確認されていたし、ゲリラの活動拠点から離れていた。

 少年兵の存在を認識していても、目の前で無邪気に笑う子供が少年兵かどうかなんて分かりはしない。

 それに、ラジコンの操作技術を教えたのは自分自身だという事実が彼を苦しめたようだ。

 精神を病んだ彼は、本国に帰された。

 最後に会ったのは、夜の出撃があった日の昼。食堂でご飯を食べながら談笑したのが最後だった。


「こんな形で、再会か……」


 ――もしあの時、遊歩道で銃を抜いていたら。

 私は撃てただろうか。




 今日は当直だ。

 そして、明日は休みだ。

 学生の頃から、次の日が休みだとワクワクする。

 けれど、今も休日気分に浸っている。

 班長や大半の同僚もいない、がらんどうとしたオフィスで飲むコーラは美味い。


「暇ね……」


 マリアが天井を眺めながら呟く。


「音楽でも聴いてたらどうだ? 仮眠取っててもいいし」

「……浩史だけに仕事させる訳にはいかない」

「仕事って言っても、ただ朝が来るまで待ってればいいだけだ。見回りないだけマシさ」


 自衛隊にいた時には、宿舎を回って夜更かししてるアホがいないか確認してた。

 自分はどうも、他人を叱る事は苦手だったのであまり厳しくしなかったのだが、甘くすればつけあがるのが人間。

 俺の時だけ、夜更かしする馬鹿が増えたので流石にキレて叱った。

 苦い思い出を連想していると、オフィスに客が入る。


「起きてる?」

「シルヴィア」


 珍しい客だ。こちらが向こうのオフィスに行くことはあっても、向こうが俺達のオフィスに来るのは俺が知る限りでは、初めての事だろう。


「残業か? だとしたら、ご苦労さん」


 腕時計を見る。デジタル表示は、午後十一時を表していた。


「少し、見てほしいものがあってさ」


 持っていたノートパソコンを、俺のデスクで開く。

 液晶に映るのは、帳簿だった。


「何処の店?」

「カリスト・マイオルの、麻薬帳簿」

「……店内は煙っぽいだろうな」


 画像をスクロールしていき、シルヴィアはある場所を指さす。


「ここ見て」

「『ヘブンズフラワー売り上げ一覧』?」


 そこに記された金額は、あの紫色の錠剤が実は金塊だったと言われても納得してしまうほどのものだった。


「滅茶苦茶儲かってるな」

「ええ。……薬の効果から考えるに、裏の戦闘組織に流していたんでしょう」

「でも、この売上考えると、合計金額が少なすぎる」


 今度は、マリアが指を指す。

 全ての売り上げを記した項目だが、確かにヘブンズフラワーの売り上げから考えてもかなり少ない。

 試しに計算してみたが、やはり計算が合わない。


「誰かが中抜きでもやってたとか? この帳簿書いてた奴とか」


 シルヴィアに質問してみる。


「あり得ない。カリスト・マイオルは、部下には厳しかった人間だから中抜きしてたんだったら、今、裁判を受けてる帳簿係は幽霊よ」

「じゃあ、なんでお金が消えるの?」


 マリアも俺も、シルヴィアも同じ疑問で悩んでいる。

 でも、突破口は意外と身近にあるものだ。

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