善悪のボーダーラインは

 アリソンには本部の前で待っててもらい、内線で強襲係第二班の日本人の友人を呼びだす。


『どうした?』

「いや、そっちが注文した弾を持って来たから地下駐車場まで来てくれ」

『あー……。班長、そんな事言ってたな。分かった、待ってろ。他にも人連れてくから』


 通話が切れる。

 受話器を置き、表で待っている顔見知りの事を考えた。

 特別親しかったわけではない。一時期同じ中東の駐屯地にいただけの関係だ。

 僕は機甲師団の工兵部隊所属で彼女は歩兵部隊にいたから、あまり会う事も無かった。

 それでも、覚えてる彼女の記憶の残滓に辛いものはない。

 だから、きっと彼女は悪い人間じゃないんだろう。

 そう考えに結論付けた。


「ハリー」


 エレベーターから、友人赤沼がやってきた。

 彼の他にも二人、強襲係の仲間を連れている。


「来たね。そこのバンだ」

「了解」


 『5.56mm Ammo』と焼印された木箱を、僕達四人で運ぶ。

 ふと、思い付いた事を質問してみた。


「ねぇ。この中で、元軍属はいる?」


 それに、三人とも反応を示した。

 僕は続ける。


「じゃあ、除隊後に知り合いに会った時ってどうしてる?」


 三人は顔を見合わせた。

 元シールズの局員が話し出す。


「別に……普通にしてればいいんじゃねぇの?」

「そうだよな」

「……俺は、ロクに挨拶もせずに出て行っちゃったし」

 

 赤沼だけ浮かない返事をしたけれど、他の二人の対応が正しいのだろう。

 辞める時に確執があった訳でもない。

 男女間のいざこざなんて、ある訳もない。

 それなのに、何かが気になっているのだ。

 ……もしかしたら、唐突に蘇った感覚の事と彼女の事が繋がっていたのが、余程気になってしまったのか。

 自分でもよく分からないかった。

 普段はそんなに、オカルティクな事を信じるタチではないのだが。


「にしても、どうしたんだ? 副主任さんがそんな事聞くなんて」

「いや、ちょっと……さっき、軍に居た時の知り合いに会ってね。……この後、予定空いてるかって聞かれてさ」

「おい待て。……知り合いって、女か?」


 話をはぐらかさなかったのを、後悔するような話の流れになる。


「意外だな」

「ああ」

「元カノか?」


 僕は首を振った。


「そんなんじゃない。むしろ、その逆。あまり親しくない女の人に誘われてるんだ」

「なんで?」

「僕が知りたいよ」


 幾つか質問されたが、全てが的外れだった。そのせいで、更に彼女の狙いが分からなくなった。

 三人は僕の顔を見て、冷やかす気を失くしたらしく話が変わる。


「……しっかし、新年になったっていうのに、出動回数は去年の今頃の倍に近い」

「年が明けようが、馬鹿は馬鹿のまんまなんだ」

「だとしても、俺達は出来る事に全力を尽くすしかないだろ」


 その話は、僕には入る余地が無くただ聞いていた。



 アリソンの運転は上手かった。

 てっきり、あの不良と喧嘩したのは乱暴な運転が原因かと思っていたが、あの喧嘩の原因は向こうの煽り運転らしい。


「意外だったなぁ……イートン伍長が、ISSにいたなんて」

「まぁ、縁があってね。誘われたんだ」

「コネ?」

「いや……。軍に居た頃……というか、昔から機械とか色々弄ってたからさ、それで誘われた」

「腕を買われたって事?」

「そういうことになる」


 しばらく、互いの進境について話した。

 向こうは、退役した後は軍のツテである会社カンパニーに就職したらしいが、上司が酷いらしく今日は憂さ晴らしのために休みを取って、延々と車を飛ばしてきたらしい。


「ストレス解消の為に車走らせてたのに、あんな奴らに絡まれて大変だったよ」

「……それは、災難だったね」

「いや、でも、伍長のあの右フック見たら色々吹っ飛んだよ」

「……もう、軍を辞めたし伍長じゃなくてもいいよ。お互いさ」

「そう? じゃあ、ハリーでいい?」


 話していると、段々と彼女について思い出してきた。

 このフランクさもだ。


「それでいい。僕も、君の事をアリソンって呼ぶ」


 車はリバーサイドパークに向かっている。


「……なんか、久し振りだなぁ」

「え?」

「いやね、人に仕事の愚痴を聞いてもらうのさ」


 そう言う彼女の表情は、どことなくスッキリしている印象を受けた。

 

「……別に、僕は大したことしてないよ」

「その大したことない事で、気分が楽になる。それでいいんだよ」

「……そうかもしれないね」

「それに、人に話を聞いて欲しかったから、予定を聞いたんだ」


 彼女が僕をドライブに誘った理由が分かったところで、車は公園の駐車場に停まった。


「少し歩かない?」

「いいよ。……愚痴だったら、僕でよかったら幾らでも聞く」

「……嬉しい」


 太陽はビルとビルの間に沈んで、僅かに赤い光を発している。その光に照らされた遊歩道を歩く。


「ISSって、大変?」

「……部署による。大変な部署も、比較的楽な部署もある」

「ハリーの所は?」

「他と比べれば、現場に出る事はあるけれど……その数は少ない」

「じゃあ、楽?」

「……肉体的には」

「精神的には、辛いの?」

「ああ」


 ステンレス製の手すりを触りながら、遊歩道を行く。


「……たまに、自分がやっている事が正しいか正しくないか、分からない時がある。そんな時は、物凄く悩む」

「……………………」

「相手は、悪党でも人間だ。家族や友人が沢山いる奴もいる。……そんな奴等を捕まえる時は特に」

「……相手は、悪党なんでしょだったら――」

「分かってる!」


 アリソンが話しているのを遮った。

 彼女は、驚いた顔をしている。


「……ごめん」

「いや、こっちこそ……」


 気まずい空気が漂う。

 だが。


「……僕らの都合な気がしてさ」


 無理矢理口を開く。


「善悪のボーダーラインは、個人個人で違う。それを、僕らの都合で取り締まっていいものかって」


 アリソンから背を向ける。

 太陽は完全にビルに沈んでしまった。


「善悪のボーダーラインは、神にすら決められないよ」


 振り返って、彼女の方を向く。

 彼女は持っていたトートバッグから手を引き抜いた。


「……私達には、それを決められる力は無い」


 差し出された手には、キャンディーがあった。


「……それは、分かってる、つもりなんだけどね」


 キャンディーを受け取り、それを口に放り込む。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る