一期一会の一つ

 スピーカーから流れるテクノ音楽。

 人指し指で机を叩いてリズムを取りながら、僕は棚に並んだラジコンヘリコプターを眺めている。

 すると、人工的なメロディーがM16の銃声にすり替わっていく。

 いつもはそこで終わるのに、今日はあの砂埃が顔に掛かる感覚と汗で迷彩服が貼り付く不快感までもが戻ってきた。


「……何でだ?」


 閉じていた目を開き、そう呟いて立ち上がった瞬間。


「失礼します。副主任」


 部下の一人が部屋に入ってきた。


「なんだ?」


 気を取り直し、差し出された紙を受け取る。

 強襲係からの調達依頼書だった。

 なんてことはない、出動時に使用した弾を補充したいとの旨の文章が書いてある。


「主任が出張中なので、副主任に」

「分かった。業者さんには電話掛けとくから、強襲係の……どっちの班長さん?」

「第二班だから、メリッサ班長です」

「そうだ。じゃあ、メリッサ班長にも伝えとくから」


 時計を見る。時刻は午後四時を回ったところだ。


「仕事終わったなら、今日は上がっていいよ。当直じゃない人にも言っておいて」

「了解です。……お先に失礼します」

「お疲れ様」


 部下を見送り、僕は受話器を取った。

 数コール鳴った後、事務の人が電話に出る。

 いつもの通り、5.56ミリ弾を注文しようとしたが向こうが『もしもし』の次に出してきたのは、謝罪の言葉だった。

 どうやら、配送に使っていたトラックが壊れてしまったので配送が出来そうにないとの事。

 修理に出したが、戻ってくるのは一週間後らしい。

 しかも、代車も借りれなかったみたいで、どうしても必要なら自分で取りに来て欲しい。

 そう言われてしまった。

 調達依頼書に記載された期限は、三日以内。

 ここいらで大量の注文を受け入れてくれる会社には、幾つか心当たりがあるが飛び込みで行って断られるより、手間はかかるが確実な方が良いだろう。


「分かりました。それなら、今からそっちに伺ってもいいですか?」


 その質問に対して、肯定の言葉が聞こえてきた。

 僕は礼を言って、そこに向かう事にした。

 Gジャンを肩にかけ、部屋を出る。

 オフィスにはかなりの数の局員が残っていた。

 さっきの彼が皆に伝えてくれたか一瞬、不安になったが大多数が帰り支度しているので少し安心した。

 

 三十分程のドライブの後、弾を受け取りニューヨークの街を少し流すことにした。

 別にすぐ戻ってもよかったのだが、なんとなくの感覚が蘇ったのが引っ掛かっていて、少し考える時間が欲しかったのだ。

 しかし、のんびりと車を転がしていてもちっとも考えはまとまらない。


「やっぱり……帰ろう……」


 ハンドルをISS本部に向けて切る。

 すると、路肩でスカイラインとマッスルカーの運転手が喧嘩していたのが目に入った。

 スカイラインの運転手は女性だった。長い茶髪に、グレーのブルゾン。背が高く、マッスルカーの運転手と同乗者を見下している。

 マッスルカーの二人は、いわゆるB系で真冬なのにサロン通いで焼いた顔で女性を睨んでいた。

 大都会のど真ん中。喧嘩が殺し合いになるなんて、想像したくないが否定できないのが怖い。

 僕も車を路肩に停める。

 ダッシュボードに入れておいたベレッタ92FSと身分証を出す。

 ベレッタを背中側のベルトに挟み、上着で隠して身分証片手に車を降りた。


「おい」


 声を掛けると、ガンを飛ばし合っていた三人が自分の方を向く。


「あぁん? んだよ、オッサン」

「何があったか知らんが、天下の往来で喧嘩なんてやめなさい」

「テメェにゃあ関係ねぇだろうが、とっとと失せねぇとぶっ殺すぞ」


 身分証をマッスルカーの二人に突き付ける。


「ISSだ。今すぐ、その女性から離れて車で立ち去りなさい。そうするなら、見逃さんでもない」

「んだよ、偉そうに。そんなに偉いのかよぉ! ISSがよぉ!」


 聞き分けの無い奴らだ。

 こめかみの辺りが痛くなってくる。


「……逮捕権もあるんだぞ」

「脅しか?」

「試すのはオススメしないぞ」

「へっ! 上等だ!」


 一人がポケットから、バタフライナイフを出した。器用に素早く刃を展開する。


「ビビっちまったか?」


 下品にゲラゲラ笑う顔に、容赦なく右フックをお見舞いした。

 拳を喰らった頭は、そのまま車のボディーに墜落する。

 その不良は脳震盪を起こしたようで、ピクリとも動かなくなった。

 ナイフを取り上げるついでに脈をとる。

 生きている。


「まだやるんだったら、君を一週間、ママのご飯が食べられないようにしてやる」


 丁寧にナイフの刃を仕舞いながら言う。

 心強い仲間が一瞬で散った事が信じられない男は、歩道に倒れる仲間の体を揺すっていた。


「聞いているのか?」


 男の肩を掴もうとしたが、逆にその手を女性が掴んだ。


「もう、いいです」


 女性の顔を見る。同い年だろうか、どこかで見た覚えがあった。


「それより、あの……」


 女性は遠慮がちに口を開く。


「間違いだったら、申し訳ないんですが……ハリー・イートンさんですか?」


 聞き間違いを一瞬疑った。

 何故、自分のフルネームを知っているのか。

 男達に突き付けた身分証の名前を見たのか、それとも、面識があったのか。


「米陸軍ハリー・イートン伍長、だよね」


 ISSの身分証には、流石に前歴は書いていない。

 じゃあ、この女性は。


「私。……覚えてない? アリソン・ワイルズ。一等軍曹よ」


 僕の脳裏にはあの砂漠の中の基地が浮かび、ごわついた迷彩服の感触が肌を撫でた。

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