非公式宣戦布告
一夜明け、拘束具を持ち出してまで入院させようとする医者や看護師を振り切り、俺とマリアは職場復帰した。
「腹撃たれたんですよね?」
「死んでないから仕事は出来る」
どこか呆れた口調の矢上にそう返し、俺達は立川に向かう。
しかし、弓立の野望は既に芽吹いていた。
四時間後。神奈川県川崎市。某中学校。
昼休みの学校に、銃声が響いた。乾いていて連続したソレは、一人の女子生徒の命を奪い三人の男子生徒に怪我を負わせた。
駆け付けた教師や生徒を前にして、弾切れになったマイクロウージーを構える男子生徒の眼は虚ろ。
その発砲事案の一報は、立川の日本ISS本部にも届いた。
捜査報告を受けていた俺は、飛び込んできた情報に思わず歯噛みする。
中学生が同級生を射殺。他にも何人かに怪我を負わせた。
凶器はマイクロウージー。それは、登校中に見知らぬ女性から手紙と一緒に渡されたらしい。
イジメられていた少年は、受け取る事に躊躇したが見知らぬ女は、心の奥にある怒りを煽る。
焚き付けられた少年はウージーを手にしてしまう。
……手紙の宛名は『赤沼浩史』。
手紙には。『終わりの始まり。止めたければ、私を見つけるほかありません』と書かれていた。
近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばしたくなる。
「あの野郎!」
憎たらしいニヤケ面、口の中を掻き回す不快な感覚を嫌でも思い出し、腹が立ってくる。
マリアも似たようなしかめっ面をしていた。
あの馬鹿女にやられてから、お互いにまだ時間は経っていない。
しかし、俺達がいくら憤ろうが事は良くならない。
それなら、悔しくても歯を食いしばらなければ。
深呼吸をして、俺達は話を聞くのに集中した。一日分の遅れを取り戻すために。
「――とにかく、斎藤らの私兵“祖国の盾”の尻尾を掴みました」
「単刀直入に聞くが、何処に逃げたんだ?」
「高速道路のサービスエリアですよ」
「……なるほど。考えたな」
斎藤らの目的は『日本国民にリアルな戦争を見せる事』だ。だが、本当に戦争するには兵隊の数が足りない。
なので、少ない手駒を上手に使って戦争状態を作り出さなければならないのだ。
その為にはどうするか。
狭い範囲での、同時多発的な攻撃を行うはずだ。
そして、狙うは首都機能の麻痺。ライフラインに頼り切った現代人にとって、ライフラインが使えなくするだけで非日常を演出できる。
110番しても警察が来ない。119番しても救急車が回ってこない。
警察は治安維持に駆り出され、病院は次から次へと運ばれてくる怪我人の対応で相殺されるからだ。
つまり彼等の目的達成の為には、関東圏からの逃走はなるべく避けたいはず。
だからこその、サービスエリアなのだろう。
あそこは二十四時間開放しているし、清潔なトイレも自販機もある。
それに、数多くのトラックが停まっているから自分達のトラックも紛れる。
「奴等は今のところ、東名海老名サービスエリアに潜伏しています」
「だったら、早く検挙した方がいい。いつ動き出すか分からんしな」
「勿論。もう向かわせています。神奈川県警SATにも応援に来てもらってます」
「俺達は?」
「待機です。……一応言っておきますけど、赤沼さんとマリアさんは怪我人なんですよ」
矢上の発言に俺は肩をすくめ、マリアは苦笑した。
同時刻。神奈川県。東名高速道路下り線EXPASA海老名。
本線から一台のハイエースが入って来て、駐車場の隅に停車する。
その車内は言わば、
「こちらCIC。アルファ部隊配置に着いたか?」
男が無線に問いかける。
すると、無線からは順々に返事が返ってきた。
「よろしい。目標は各員視認出来てるな? 無線終了から三十秒後に作戦開始だ。……通信終わり」
無線を切ると同時に、運転席に座っていた男が腕時計を確認した。
――十。――二十。――三十。
フロントガラスの向こうには、トラックが三台並んでいる。
防弾チョッキを装着し、H&K USP拳銃を装備した男女十数名が、トラックに貼りつき運転手の死角に入る。
同じタイミングで運転席のドアに手を掛けた男達は、勢いよくドアを開け運転手を外へ引きずり出す。
荷台の扉に手を掛けた女達はほんの少しだけ開けて、中にM84スタングレネードを放り込んだ。
白昼。しかも、日本では滅多に見れない突入劇。
周囲の一般市民は呆然としている。
荷台から男達が出てきたと思えば、外にいたISS局員に取り押さえられた。
『こちらアルファ8。確認出来た“祖国の盾”を総員検挙!』
無線機から流れる声に、無線の前に座る男はガッツポーズして運転席の男は自身に課した禁煙令を破り、美味そうにメビウスを吸う。
おっとり刀で神奈川県警SATが駆け付けた時には、祖国の盾構成員は手錠を掛けられ行儀よく並べられていた。
トラックの中には大量のM16A2やベレッタ92や爆薬があり、その気になればその場で即席の地獄が出来上がるだろう。
その銃器の山はISSには覚悟を決めさせ、警察には事の大きさを改めて思い知らされた。
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