もう二つの視点

 何の光も無いとあるアパートの一室。

 蓮の花のタトゥーを入れた痩せ細った若い女が、ある情報屋と電話をしていた。


<それは、本当?>

<ああ……最初にアンタの全てをあたってみたが、大外れ。他の組織も同じ様な結果だったもんで、工場への道にある監視カメラを総当たりした結果……当たりを引いたのさ>

<……それで、どこなの?>

<それは判らん。車のナンバーはニューヨークの物。だが小隊規模で麻薬工場を襲撃、その後何処かの部署と合同で支店を摘発するなんて、ニューヨークじゃ片手の指の数じゃないか。ヒントとして、カメラに写っていたやつを送るよ>

<代金は、いつもの口座に>


 電話が切れるとほぼ同時に、画像ファイルが添付されたメールが女の携帯に届いた。

 女がファイルを開く。不鮮明な防犯カメラの画像が液晶画面に表示された。

 高速を走るSUV。

 その助手席で煙草を吸っている女と運転している男が写っている。

 車内には、他に何人か乗っているようだ。その隅には、ライフルらしき影がある。

 ピクニックに行くのに銃は必要ないし、あの辺りには狩場も射撃場も無い。

 その画像を眺め、女は口元をニヤリと歪める。


「借りは返してもらうわよ……」


 そう言うと、女は画像データをとある人間の元に送信した。

 そして、こう続ける。


<ニューヨーク近郊の特殊作戦を遂行する部隊だと思われる。生け捕りにして、私の隠れ家に連れてきなさい。男なるべく傷つけないようにしろ 探し出すのに二週間、捕らえるのに一週間>

<もし果たせなかったら覚悟しておけ>



同時刻

 テレビをぼんやりと見ていると、携帯電話にメッセージが届いた。

 メッセージに添付されていた画像を見て、愕然とする。

 車を運転する黒髪の男性、隣に座る金髪女。

 荒い画像だが、見覚えがある二人だった。

 昼に自分が作ったスパゲッティをベタ褒めしてくれた二人。


「どうしたの?」


 キッチンにいた彼女が夕食を持って、俺の携帯を覗き込んで来る。

 急いでメールを閉じ、笑顔を取り繕う。


「いや、仕事のメールだよ……休日出勤しろって」


 俺の答えに、彼女は不満そうな顔をするが直ぐに諦めたような笑顔をした。


「……しょうがないね、これも君の夢の為なんだし」


 彼女に嘘をついている。

 独立して、レストランを開くのが将来の夢である事、俺が平凡なコックである事。

 本当の俺は、一切知らない。

 とある女にを付けられている事、俺が殺し屋である事を彼女は知らない。

 きっと、彼女は俺が資金稼ぎの為に休日出勤をすると思っているのだろう。


「ささ、ご飯食べよ。今日は私特製、ブイヤベースだよ~」


 空気を変えるように、明るく彼女は言った。俺を食卓に促す。

 明日からの激務を耐えるには、今は英気を養っておくのがいいだろう。


「そうだね」


 そう言って俺は、ソファーから立ち上がる。

 たしか、あの二人。特に男の方は、火薬……硝煙の匂いをまるで香水かのように香らせていた。

 店の付近にある射撃場は一つしかない。明日の朝イチに、行動開始だ。

 口ではブイヤベースを褒めながら、脳内ではあの二人を始末する算段を考えていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る