自分の仕事

 寝息を立てる彼女を横目に、出掛ける支度をする。

 ライダースにいつもの仕事用鞄。枕元のサイドテーブルに、書置きも置いた。

 内容は決まって。

<仕入れに行って来る。>

 これ一つで、早朝に一人で家を出る言い訳が出来る。

 身支度を整え、彼女の頭を撫でた。

 もし、この依頼をしくじったら……彼女もろとも俺は殺されるだろう。

 一度は裏の世界から逃げ出した。しかし居場所がバレ殺され掛け、あの女に助けられて飼われることになった。


『裏切り、失敗は許されない。もし、そうなったとしたら……お前もお前の大事な人間も、楽には死なせない』


 あの女はそう言い、俺にを付けた。

 逃げ出して得た安寧が、こうして自らの首を絞める事になるとは当時の俺は知らなかったのだ。

 それからは。

 「彼女を失いたくない」ただその一心で、汚れ仕事をした。

 必ず出発の前にこうやって彼女の頭を撫でてきた。今回もきっと上手くいく。

 楽観は油断を生むが、こうでもしなければプレッシャーに押しつぶされてしまう。


「ごめんなさい」


 懺悔するかのように言った。

 自分のクローゼットの奥から、小型アタッシュケースを出す。ロックナンバーを解除し中を確認した。

 中には、グロック26とサプレッサー、マガジンが二つ仕舞われている。それを鞄に入れ、家を出た。

 愛車のバイクに跨り、一路目的の銃砲店に向かう。道路は早朝にも係わらず混んでいたが、二輪車には関係なかった。

 少し離れた場所にバイクを停め、銃砲店に走る。

 エンジン音で店の人間が起きると面倒だからだ。

 裏口付近は運の良いことに人っ子一人いなかった、裏口に付いた電子錠を携帯端末を使い、慣れた手つきで破る。

 店内には、いつしか嗅いだことのある匂いが漂っていた。ボルトアクションライフルからデリンジャーまで各種銃器が揃っている。

 なるべく物音を立てないようにして、ある書類を探した。

 昨日の貸出票を漁る。日本人男性に貸し出した記録はたった一つしかない。

 『赤沼浩史』これがあの男の名前だった。

 しかも、貸出票の備考欄に『P226Rとマガジン×4を購入』と書かれている。

 俺は棚や机の上にある登録票の束から、赤沼浩史の物を探した。パソコンの前に置いてあったそれに目を通す。


 赤沼浩史 日本人 男 三十歳

 現住所 ****

 職業 ISSアメリカ本部強襲係

 軍属経験有り。前科、精神疾患無し。服用している薬無し。


 以下の内容を見て、俺は安心すると同時に不安が生まれた。

 これで仕事をしっかりとこなすことが出来るという安心。顔、名前、現住所、職場が解っているのだから、今日中には再会できるだろう。

 しかし、その晴天のような事実に掛かる暗雲のような不安。

 ISSアメリカ本部強襲係……ISSという事だけでも面倒なのに、強襲係なんて戦闘のプロフェッショナルを相手取るのは、中々に骨が折れることだ。

 携帯カメラで登録票を撮り、あの女に送信する。散らかしたのを綺麗に戻して、店を出た。

 バイクの所に歩きながら、メッセージ送信画面をボンヤリ眺める。女からの返信は無い。

 まぁいつもの事だ。ライダースのポケットに携帯を突っ込み、小走りになる。

 次の目的地は、ISSアメリカ本部だ。

 仏頂面でバイクの元に向かっていると、俺のバイクの周りにハエみたいにたかっているヤンキー共がいた。


「俺のバイクに何の用だ」


 彼女と接する時とは、百八十度違う声色で問いかける。


「ん?これテメェの?いや~ワリィんだけど、こんな上等な単車オメェにはもったいねぇから、俺等が有効活用してやるよ」


 怪鳥のような高く不愉快な声で馬鹿笑いをするヤンキー共。


「あっそ……」


 俺はそれだけ言うと、ヤンキーの一人を押し退けバイクに手を掛けた。その態度が癪に障ったのか、ヤンキー達は怒りを露わにする。


「んだと、テメェ!降りろ!ヤッてやる!」

「……ハァ…………」


 気怠そうに溜息をつき、のったりとバイクから降りた。ヤル気になっている集団の中から出て来たのは、ひょろっとしたノッポだった。

 これ見よがしにシャドーボクシングをしているあたり、ボクサー崩れだろう。でもまぁ、こんな所でこんな事をしているということは、ロクな成績も残さないまま表舞台を去ったに違いない。


「はっはぁ~テメェ死んだぜ!コイツのパンチ喰らって、後遺症残らなかった奴は一人も……」


 取り巻きが言い終わる前に俺は、軽く息を吐きボクサーの胸にワンツーを叩き込んだ。

 何かが折れる鈍い音が響き、ボクサー崩れはアスファルトに崩れ落ちる。その音はヤンキー達の思考に、一瞬の空白を生んだ。

 そしてその空白の時間で、後ろにいた奴の顔面にエルボーを入れる。ガード出来ずモロに当たったせいか、鼻の骨が折れる感触がした。

 痛々しい悲鳴。それはヤンキー達の戦意を削ぐには十分過ぎた。


「まだやるか?」


 息も切らさずに淡々と聞く俺に、ヤンキー達は畏怖の感情を貼り付け怪我人を担いで逃げて行く。

 それを追わず、見送るとバイクに跨りISSアメリカ本部に向かって走りだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る