自問自答編

新天地での生活

 暗い部屋。

 パソコンから出る光だけが、唯一の光源だ。

 その前に座る人影は、病人のように痩せ細っている。枯れ木の如く細い腕が、キーボードを叩く。

 蓮の花のタトゥーが施された腕が、不意に動きを止める。画面には、先程部下から送られて来たメールが映し出されていた。


<K・Mへ>

<ニューヨーク中の支店が閉店している。しかも、製造工場が破壊されていた。>

<工場に行ったはずのレオンとも連絡がとれない。売人達も……>

<トーマスもバーグもだ!どうなっている!?>


 添付された写真は、燃やされ原形をとどめていない工場の写真だった。

 見終わった瞬間。額に青筋を立て、パソコンや机の上の物を腕を横に振り床に落とした。

 その後もガラス製品を割ったり、壁を殴ったりと一通り暴れた。荒い呼吸を繰り返すと、机の引き出しから紫色の錠剤が入った瓶を取り出し全て口に放り込み噛み砕く。

 薬が回り始めたせいか口の端から涎を漏らしながら、情報屋に電話を掛けた。


<私だ……少し、調べて欲しい事がある>


 ――その声は、若い女だった。



 紙の標的に向かって、引き金を素早く二度引く。

 シグザウエル社製・P226R拳銃から放たれた二発の九ミリパラベラム弾は、四十メートル程離れた人型の胸に二つ穴を開ける。

 俺、赤沼浩史は目の前に流れて来た人型の紙を見て、何度も頷いた。


「いい銃だな……」


 P226からマガジンを抜き、スライドを引いて薬室から弾丸を出す。


「これにするか……お~い」


 射撃場の外でパーラメント煙草をふかしている相棒、マリア・アストールに手を振った。


「決まった?」

「これにするよ」


 P226を指でコツコツと叩く。


「……まぁ、悪くはないんじゃない」

「ああ……精度、装弾数、堅牢度ともに文句無し」


 俺とマリアは、ISSアメリカ本部の人間御用達の銃砲店に来ていた。

 初日に作ったを返したいとマリアが言ってきたので、俺は「だったら……銃を見てくれ」と返した。

 USPもいいが、せっかくアメリカに来たのだから他の銃も撃ちたいと思うのは自然だろう。

 それに、俺は自慢するほどの銃の知識を持ち合わせている訳ではない。

 聞いた話だと私物の銃でも許可さえ取れば、仕事用として持ち歩くことが出来るらしい。

 マリアのグロック、シルヴィアのワルサー、ハリーのベレッタも許可を取った私物だと言う。

 だったら、俺も便乗してもいいはずだ。


「P226Rとマガジンを四個ください」

「はいよ」


 恰幅のいい店主にレンタル品を返し、注文する。


「とりあえず、登録票を書いてくれ」


 バインダーに挟まれた紙に、氏名と現住所、国籍、職業など事細かに書かなければならないようだ。未だに書き慣れない筆記体の英語は、ミミズが這った様な字になってしまう。


「……あんた、新入りかい?」


 俺の下手糞な英語を見ながら、店主は聞いた。


「ああ、二週間前に着任した」

「なるほど、へたっぴな訳だ」


 その会話を聞いていたマリアが噴き出す。


「あの野郎……」


 毒気づきながらも、登録票を書き終え店主に渡した。


「あいよ、急ぎでやっとくから明日の昼には、あんたの所に届くだろう」


 書類に不備が無いか確認し、満足気に店主は頷く。マリアが銃の代金を払い、店を出た。

 腕時計を見る。時刻は正午少し前。


「……お腹減った」


 横でポツリとマリアが呟く。

 俺も腹が空いている。朝食が軽めだったので、ガッツリ食えそうだ。

 しかし、ここのところの飯はハンバーガー、インスタントラーメン、サラダ、サラダチキンのローテーション。

 行った店はコンビニとマクドナルドのみ。せっかく遠出したのに、この調子じゃまたオフィスでラーメンをすすることになりそうだ。

 このまま突っ立っているのもアレなので、二人で街をぶらつく事にした。

 道路を埋め尽くすイエローキャブも、道行くニューヨーカー達も、そびえ立つ摩天楼も、初めてここニューヨークは興奮しっぱなしだったのに、今じゃ日常の一場面にしかならない。

 ……こうして町は動いている。日向に当たる者、日陰に暮らす者も関係無く、流れる水の如く動き続ける。だが、空いた穴から零れ落ちる者もいる。

 その穴を塞ぎ、零れた者達を一人残らず日の元に出してやる。

 これが、俺が二週間考えた末の今のところの結論だ。

 俺がそんなこと思っているとは露も知らない顔で、マリアは煙草に火を付けようとするが。

 不意に香ってきた、食欲をそそる炒めニンニクの匂いに二人とも意識を持ってかれる。

 顔を上げると、そこにあったのはイタリアンレストランの看板だった。


「スパゲッティ……」


 マリアと顔を見合わせ、同時に頷く。

 気が付くと、俺達は店に入ってスパゲッティを注文していた。

 暫くして運ばれて来た、プッタネスカ娼婦風スパゲッティを口にする。


「美味い……」


 思わず感嘆の言葉が漏れた。唐辛子の刺激とトマトの酸味が口一杯に広がり、アルデンテの麺によく合っている。

 これが本場のイタリアンスパゲッティ……。自他共に認める貧乏舌を唸らせるのは、母親が作るカレー以来だ。

 下品だが、構わず麺にがっつく。皿一杯のスパゲッティは、あっという間に無くなった。

 食後の余韻に浸っていると、厨房から若い男のコックが出て来た。


「ありがとうございます」

「ん?ああ、これ、貴方が?」

「ええ、私が作りました」


 コックは、マリアより若い。マリアが二十五だから、二十歳そこそこだろう。これでプロ級の料理を作るのは、尊敬に値する。


「すごいなぁ……」


 心の底から、感想が出て来る。

 若いコックは、はにかみながら感謝した。

 

 こうして、ある日の昼下がりは過ぎていった。

 


 

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