決着

 俺もマリアに煙草を一本ねだり、紫煙を燻らせた。

 五分ほど燃え尽きた頃、ポツリと口を開く。


「これからどうする?」


 マリアは青白い顔をしかめながら俺の質問に答える。


「……もしかしたら、助けが来るかも」

「何だって?」

「私が気絶した時、本部のドローンが見えた。偵察用のね」

「……それは、本当に本部のドローンなのか?」

「多分……」


 歯切れが悪い。ここでの楽観視は危険だ。俺は立ち上がり、部屋を探索することにした。

 白衣の男を靴紐で縛り上げ、ボディーチェックをする。懐からトカレフTT-33とマガジンが一個手に入った。

 他にも財布がポケットにあったが、身分証の類は一切無い。

 机を漁るとビニール袋があり、その中には手術用の用具が乱雑に仕舞われていた。メスやガーゼ、縫い針に糸、そしてエタノール。

 フィルター手前まで吸った煙草を足ですり潰し、大きく息を吐いた。


「やるっきゃねぇな……」


 イサカを肩から下ろし、工作を始めた。

 工作と言っても、散弾銃を使った単純なブービートラップだが。

 扉に細工を施し外側から開けると、散弾銃が発射される仕組みだ。見様見真似の粗悪な造りでも役に立つはず。


「出かけて来る。こいつが番人やってくれるから、安心しろ」


 マリアは弱々しく頷く。俺はトカレフとマガジンを渡し付け加えた。


「それでもダメだった時は、これを使え」


 今度は強く頷いた。口角を上げ「任せて」と言う。つられ笑いで俺も笑顔になる。

 荷物を整理しAKを軽く構え、俺は改めて戦場に飛び出した。

 廊下は恐ろしく静かだった。

 先程の感情任せに適当なクリアリングしかしていなかった自分を恨んだ。

 敵が何処にいるのかも解らずに、一服していたなんて下手したら後ろから撃たれていたかもしれない。

 だが、歩哨を二人殺し散々銃を撃ったのに誰も来ないという事は、これ以上人はいない可能性の方が高い。


「願わくば、誰もいませんように」


 そう言って、俺は二階へと上った。

 一階が居住区跡だったのに対し、二階は学校風だった。

 部屋の隅にはパイプ机と椅子が、埃をかぶって積み重ねられ自らが朽ちるのを待ち。

 割れたガラス器具が散乱する教室では、黒板にカラフルなチョークで書かれた消えかけの化学式が目を引いた。


『C3H5N3O9』


 自衛隊の研修で見たことがあるそれは、ここがカタギの学校でないことを示している。


こっちアメリカじゃニトログリセリンの作り方なんて義務教育で習うのか?」


 軽口を叩きフッと笑う。


「ここでは義務教育だった」


 唐突に聞こえたその声に俺は銃口を向けた。

 入口に立っていたのは、俺とマリアをのしここまで連れて来た張本人。

 コックがそこにいた。


「……いたのか」


 セレクターレバーをセミオートに切り替え、AKの引き金に指を掛ける。


「俺はここで育った。何処かの組織の歯車になるための訓練を受けていた。自分の存在価値なんて、それだけだった。最後の授業のままだここは。自分でニトログリセリンを作って、腹に巻き付けて街中で自爆しろって。僕はそこから逃げ出したんだ。死ぬのが嫌だったから。そこで彼女と出会ったんだ。そこから、そこから、ソこから、ソコから、ソコカら、ソコカラ」


 明らかに様子がおかしい。数メートル離れているのに、キツイ花の香りが漂ってくる。コートの裾から、小瓶が転がり落ちた。俺のポケットに入っている、紫の錠剤が詰められた小瓶にそっくりだ。


「強ク、ナリタイ」


 蛇に睨まれた蛙の如く体は硬直し、筆舌にしがたい寒気が背骨から末端に走る。コックは散乱した机を乗り越え、俺目掛けて一直線に跳んできた。


「クッソガァッーーー!」


 咄嗟にフルオートに切り替え、AKをぶっ放す。7.62mm弾は高速でコックに向かう。

 だが弾幕を気に留めるそぶりも見せなかった。しかも、ライフル弾数発が命中するが動きを止める気配は無い。コイツとの戦いはかなり骨が折れる。

 マガジンに半分程弾丸を残したAKを抱え、全力で走り出した。獣の様な唸り声を挙げながら、コックは追いかけて来る。

 階段付近で向き直り、もう一度引き金を引いた。数秒間、爆音と金属音が鳴り響き、引き金の手応えが軽くなる。

 弾切れだ。コックは至る所から血を流しているが、怪我一つ負ってない様な動きをしている。ライフル弾が当たっても、精々自分がいる地点に到達するのをほんの僅かに遅らせただけだ。

 存在意義を失くしたAKを投げ捨て、階段を駆け上がった。振った腕にコルトパイソンを掴み、目の前にあった部屋に飛び込む。

 ビニール袋から小瓶とエタノールを出し蓋を開けた。独特な臭気が鼻を突く。

 その瞬間、涎を垂れ流しながら荒い息を吐くコックが飛び込んできた。

 まず最初に錠剤の小瓶をコックに投げる。

 コックは避けようとする素振りを見せるが、小瓶の中身が紫の錠剤だと判ると小瓶に飛びついた。

 餌を貰った犬の様に小瓶を弄るコックに向かい、俺はエタノールの小瓶を投げつける。錠剤に夢中になっていたコックは得意の瞬発力を発揮できず、モロにエタノールを被ってしまう。


「目ガ!ナンダ!コレハ!」


 ジッポライターに火を入れ、怒鳴った。


「くたばれ!」


 ライターは曲線を描き、コックの元へ落ちる。驚愕の表情を浮かべたが、もう遅い。

 気化したアルコールに火が付き、コックの体に火が回った。

 雄叫びを挙げ、床を転げまわる。だが、次第に声は小さくなり動きも鈍くなっていく。

 火が弱くなる頃には、コックは虫の息だった。パイソンを両手でしっかり構え、眉間に狙いを定めた。


「…………」


 引き金は自分が想像していたより、軽かった。

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