生きる者 殺す者

 窓を叩き、マリアを呼んだ。


「終わった?」

「……ああ」


 いつの間にか服を着ており、手には俺のミリタリージャケットを持っていた。


「はい」


 窓越しにジャケットを手渡す彼女の顔は、どこか俺に対して気を使っているように見える。


「悪い……」


 ジャケットを受け取り、袖を通した。吐く息は白く改めて、寒いことを痛感させられる。


「……あのコックは、どうしてこんなことをしたんだろう」


 藪から棒にマリアが呟く。何事かと顔を見たが、能面に近い表情からは感情は読み取れなかった。

 俺は虚空を見詰めながらしばし考え、口を開いた。


「『強くなりたかった』みたいだ」

「強く?」

「アイツは……いや、守りたいモノがあって、それを貫き通したかっただけなんだろう」

「…………」

「だけど、貫き通すには、悪党にへりくだるしかなかったんだ。命をとして、守りたいモノを守りたかっただけかもしれない」

「……守りたいモノって?」

「人……女か、それとも己のプライドか。今となっては、解らない」


 腰に挿したコルトパイソンを睨む。薬物で朦朧とする中、アイツは何を思い動いたのか。獣同然となった心で何を信じていたのか。

 ただただ生きたかっただけの若者だったのに。自分が生き、相棒を守る為に殺した。

 しかし、後悔は無かった。


「生きる為に殺す。それを自問自答していった先さ。……これから俺も同じ様な事を考えていくに違いない」


 独白に近い形で話を締めくくる。横目で相棒の顔を見た。深く考え込むように口元に手を当てている。何度も瞬きしたのち。


「そっか」


 そう小さく言い、俺の顔を見た。

 無言の間が三十秒続いた。何か言おうと口を僅かに開いた。


「なぁ――――」


 パァン…………。


 銃声が一帯に響く。俺達は反射的に腰に手を掛けた。

 そこに立っていたのは、カリスト・マイオル。握られている拳銃は俺のUSPのようだ。


「……誰?」

「……紹介するの忘れてた。アイツが、カリスト・マイオルだ」

「嘘でしょ……」


 額に汗が滲んでいる。


「貴様ら……」


 憤怒の表情を浮かべ、憎々しげにこちらを見た。


「コックは死んだ、俺が殺した。お前等の負けだ……素直に投降しろ」


 こちらは怪我人を抱えているが、他に隠し玉でも無い限り向こうに勝ち目は無い。


「よくも……よくも!」


 歯を食いしばり、視線で射殺さんとばかりに睨みつける。こちらの話を聞いているかも怪しい。

 俺はコルトパイソン、マリアは左でトカレフを構えた。


「最後の警告だ、どのみちお前等にこれからの未来は無い。ここで素直に捕まっておけ」

「うるさい……日向に生きるお前等に、私達の何がわかる?」

「不幸を盾に悪事を行ってきた報いだよ。それに、俺達はお前がどんな人生送って来たかなんて知らねぇし、知ったとしてもそれは免罪符になりえない」

「黙れ」

「麻薬売って、金を得て、何になった?組織の役には立ったかもしれないが、行き着く先は破滅しかない」

「……黙れ」


 銃口がこちらを向く。


「お前が原因で、多くの人間が苦しみ、絶望の淵で死んでいった。そこにどんな事があったかなんて知る由も無いが、ただ一つ俺が言えるのはことだけ――「黙れぇっっーーーーーーーー」


 怒りを込め引き金を引くマイオル。しかし、放たれた銃弾は当たることなく壁に吸い込まれて行った。狙いは大きく外れていて、一発も掠ることなくUSPのスライドが下がりきった。

 引き金を引く音が空しく辺りに響く。

 マイオルは叫び声をあげ、機能を果たさないUSPを地面に叩き付けた。何かが壊れる嫌な音がし、マイオルはへたり込み慟哭の泣き声をあげた。

 その時、遠くにそびえる砂山の稜線から沢山の車の影が見えた。増援かと思い一瞬身構えるも。


<こちらはISSアメリカ本部強襲係だ!武器を捨て、両手を上げて大人しくしてろ!>


「班長だ」


 拡声器越しに聞こえてきた声は、自分達の班長メリッサ・トールの物だ。

 見上げた先には、一台のドローン。


「お迎えだぜ」

「みたいね」


 マリアは持っていたトカレフを捨て、撃たれた肩をいたわりながらゆっくりと窓枠を乗り越えた。


「ありがと」


 ドローンの存在に気が付いたようで、付いたカメラに向かって敬礼をする。

 カリスト・マイオルに関する事件にケリが付いた瞬間だ。


 救護車両に乗せられる相棒を眺める俺に、怖い顔をした班長が近付いて来る。


「まずは、ご苦労だったアカヌマ。自称だが、カリスト・マイオルの身柄を捕らえられた事は大きい。……しかし、巻き込まれたとは言え無理をし過ぎたな」

「……はい」

「『命あっての物種』だ。今回は運が良かったと思え。このドッグタグを、本来の目的で使いたくないだろう」


 班長は俺の首元から、ドッグタグを引っ張り出しながら言った。


「こんな仕事をさせておいておこがましいが、お前の命は、多くの命に支えられここにある。肝に銘じておけ。以上だ」


 そう言い、班長は指令車両の方に歩いて行った。二枚あるドッグタグを見詰め、ポツリと呟く。


「俺は、生きる者であり殺す者さ」


 多くの命の上に成り立っているのは、悪党も俺も同じだ。だが、殺しの上で成り立つ物は何も無い。

 俺が放った人殺しの弾丸は悪党が放つ銃弾と違う、重い銃弾だったのか?

 虚無の上に俺達は立ち、悩み続ける。

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