松柏之操編

一か月前~11月17日午前11時

 靴の踵が硬い床に当たり、小気味いい音を立てる。窓の外は心地よさそうな日和だ、こんな日は鼻歌まじりにピクニックでもしたくなる。

 それなのに、俺達四人。俺、マリア、ハリー、シルヴィアはピクニックには必要無い拳銃を装備し、殺気立った目で周囲を見渡している。

 ここはニューヨーク市郊外にある私立大学。当然、勉強する為に来たわけではない。仕事をしに来たのだ。


 ――――ここに至るまでの経緯を、少しだけ語ろうと思う。


 カリスト・マイオルの件が一旦ケリがつき、マリアには二週間の入院期間が言い渡された。

 俺は処罰として、三日間の自宅謹慎と一週間の銃器の使用禁止と任務への出動停止を言い渡され、素直にそれを受け止めた。俺が自分のケツを拭いている間、本部の方ではエネミーに関する沢山の事が判明したらしい。

 嘘か本当かは判らないが、先人の言葉を借りるなら「千里の道も一歩より」ってやつだ。玉石混交の情報を頼りに一歩一歩進んで行くしかない。

 俺は謹慎中は自宅でトレーニング、謹慎明けは銃器の使用許可が下りるまでは格闘技や各国のCQC近接格闘を齧り、使用許可が出てからは単純な射撃訓練からCQB近接戦闘の訓練まで昼夜を問わず行った。

 少しでも強くなりたかったのだ。そう簡単ではないことは解っている、だが行動せずにはいられなかった。

 そして、あっという間に二週間が過ぎ、マリアの退院日を迎えた。

 度々お見舞いに行っていたとはいえ、相棒の元気な姿を見るのは久しぶりだった。


「元気か?」

「絶好調」


 病院の出入り口から出て来た相棒に聞くと、不敵な笑みで自信満々に言う。


「病院だと吸えなかったから」


 久しぶりに吸うニコチンを味わいながら、相棒は職場に復帰した。

 次の日から入院中に鈍った勘を取り戻すため、二人三脚で訓練に励んだ。時に励まし合い、時にライバルとして火花を散らすこともあった。

 そんな訓練漬けの日々が一か月程経った頃。

 射撃場から戻るなり、渋い顔をした班長に「アカヌマ、マリア、総務部長から呼び出しが掛かっている」と言われた。


「浩史、アンタなんかやった?」

「身に覚えが無い」


 本当に無い。マイオルの件以外で呼び出されるような事は……強いて言うなら、マイオルにUSPを壊されたことぐらいだ。

 地面に叩き付けられた時、当たり所が悪かったらしくスライド部分が割れイカレてしまった。

 だが、それなら管轄は調達係のはず。総務部に呼ばれる筋合いは無い。

 疑問を抱え、上等な香水の代わりに火薬の匂いを漂わせながら、ドレスコード不要な総務部のフロアに向かった。

 エレベーターがフロアに着き引き戸が開く。

 一歩踏み出すと、そこには見慣れた顔が同じ様にエレベーターから出て来た。


「おっ!」

「あれ?」


 調査係のシルヴィア・カイリーと調達係副主任のハリー・イートンの二人だった。


「どうしたの?」

「総務部長に呼び出されたんだ」

「僕達もだ」


 シルヴィアが同調する様に頷く。


「何やった?」

「記憶にございません」


 そう言って手を振り溜息をつき、ハリーが歩き出した。

 強襲係や調査係、調達係のオフィスとも違う小綺麗な空間。他の部署が私服ばかりなのに対し、ここにいる人は皆銀行員みたいにキッチリとスーツを着込んでいる。

 フロアに一歩踏み込んだ途端、空気が一変した。針でチクチクと刺されるような感じだ。

 しかしスーツの男達が俺達を見ると、空気は一瞬で元に戻った。


「……元特殊部隊の精鋭達らしいです」

「……さいで」


 整理整頓が行き届いたオフィスを進み、奥にある部長室の戸をノックする。


「どうぞ……」

「失礼します」


 部屋に入る。革張りの椅子に落ち着いた雰囲気の初老の男が座り、こちらを見ていた。逆光で人相はよく判らないが、鋭い眼光だけがやけによく見える。その目に射抜かれ、自然と背筋を伸ばしてしまう。


「…………よく来てくれた。早速だが、君達に任せたい仕事がある」

「任務ということですか?」


 この中で一番位が高いハリーが聞いた。


「ああそうだ……君達には、この女性の護衛をして欲しい」


 ハリーが差し出された紙を受け取り、その紙を覗き込む。


「『シーラ・フォン・フランク博士』……学者?」


 二十九歳のスイス人。経歴の欄を読む限り優秀な学者で、若いながらも航空宇宙工学の権威である事が解る。


「何故、護衛の任務を?」


 護衛と聞いて俺はてっきり、護衛対象は何処かの政治家か有名人だと思っていた。疑問に思ったことを、口に出す。


「……四年前、彼女はロケットエンジンに関する論文を出している。内容はエンジンにある工夫を施すことで、従来の燃料の量の三分の一程度で従来の量と同じ位のパフォーマンスが出せるという事だった」

「ほう」

「工夫の内容は、ある程度の技術力がないと出来ないものだったが、コストもあまりかからないこともあって、大国の宇宙開発を活発化させるには十分な起爆剤だった」


 仮に、論文通りにエンジンをを加工し燃料を入れたとする。従来と同じ量を入れたとしたら、単純計算でこれまでの三倍の距離飛び。量を三分の一にしても、従来の量で三本飛ばせる。

 専門外なのでロケットエンジンの値段なんか知らないが、燃料が少なくなるならコストはそこそこ減らせるのではないだろうか。

 宇宙開発においてかなりの進歩のはずだ。


「だが、技術という物は必ずと言っていい程、兵器に転用される。……博士の技術は、ミサイル開発に転用された」

「確かに……ミサイルもロケットも大した違いはないからな」


 技術屋の癪に障ったのか、ハリーは唸るように言った。


「しかし、博士は自分が考えた技術が大量破壊兵器に使われるのが嫌で、論文に特許申請しむやみに使わせないようにした」

「それで……」

「ミサイル開発で他国をけん制したい、中国・ロシア・北朝鮮が数々の妨害工作を行ったり、アメリカの利益優先が第一のCIAが特許申請を阻止した」

「……ひでぇ事しやがる」

「しかしながら、博士も負けてない。論文を発表した学術誌から該当記事を削除させ、書類の束を燃やし、データをパソコンから消し、パソコンを破壊してからドロドロに溶かした」

「随分徹底的にやりましたね」

「けれど、諦めきれなかったんだろう。今度は博士を拉致しようと計画を立て始めた。身の危険を感じた博士は、母国のスイスに帰ろうとしたが……各国の工作員達に襲われ帰国を一時断念、その後警備員を雇うも、CIAに買収されてしまう。さらに今度はPMSC民間軍事会社に護衛させたが高速道路上で襲撃に会い壊滅。ここのところは、大学の研究室にこもりっきりだったそうだが、先日私達の方に連絡があった」

「……それが、今回の護衛の任務だと?」

「ああそうだ」

「……まさか、この四人だけでやれと?」

「ああ。大所帯でやってもいいんだが、アメリカ国内で第三次世界大戦おっぱじめる気は無いんでね」

「…………」

「質問いいですか?」


 シルヴィアが手を挙げる。


「何だ」

「どこまで護衛すればいいんですか?」


 確かに、任務遂行の上では絶対聞いておくべきだ。


「カリフォルニア州、ビール空軍基地だ」

「正気ですか」


 ここニューヨークからだとほぼアメリカ大陸横断の旅になる。


「博士に接触してから、四十八時間以内に送り届けろ」

「何故?」

「空軍基地にスイス大使館の人間を待たせている。それが期限だ」

「これまた、ヘビーだこと……」


 頭を掻きむしり、ガックリと頭を下げた。


「まぁ、そう言うな。特別ボーナスも出る」


 ニヤリと笑い、総務部長は俺達を見送った。

 装備を整え、俺の運転で博士の研究室があるニューヨーク郊外の大学に着く。車載時計を見ると、デジタル表示で午前十一時を示していた。

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