相棒
「なっ!」
部屋を出たところで、歩哨にかち合ってしまった。
捕らえられていたはずの男がいることに驚いているようだ。
俺はそいつを見るなり、顔面に右ストレートを叩き込んだ。鼻の折れる感触がし、受け身も取らず倒れる。
念の為、脈を確認する。死んではいなかった。男が背負っていたイサカM37とホルスターに挿してあったH&K P7を奪う。
弾は込められ、何時でも撃てる状態だ。
散弾銃を背負い、拳銃片手に俺は駆けだした。
先程までいた部屋は離れにある地下室のようで、階段で一階分上がると太陽の日が暖かく俺を出迎えた。
鉄格子がはめ込まれた窓からは、三階建てのコンクリート造りの校舎の様な建物が見える。
「どこに連れてこられたんだ……?」
太陽は傾きかけている。午前か午後かは方角が判断できず、解らなかった。俺はどれだけ気絶していたのだろう。ニューヨークからどれだけ離れているのだろう。
それに、マリアは俺が送ったメッセージを読んだのだろうか。読んだとしたら、今はどうしているのか。
嫌な想像が脳裏に浮かぶ。
「死んでないよな……」
最悪なパターンの一つを口にした。次の瞬間、そうしたことを後悔した。
「“言霊”信じるタチだっけ?」
溜息混じりで呟き、鉄戸を音を立てないように開いて相棒の無事を願い、外に飛び出した。
「一本くれよ」
「ああ、ほらよ」
建物の陰に隠れ、煙草を吸っている歩哨の声に耳を傾ける。AKを手にし、一人は腰にリボルバーを挿していた。
「おい、この煙草どこで買った?」
「ん? ああ、医療室で寝てるISSのねぇちゃんの持ち物からパクった」
最悪のパターンを引いていたようだ。後悔とショックで視界が暗くなっていく。
「にしても、あの女なかなかの上物だったな」
「けど、手ぇ出したらボスにぶち殺されちまう」
「くっそ~」
男達は下品な笑い声で、休憩時間を〆ようとした。
「動くんじゃねぇ!」
P7の銃口を男達に向け、警告を発する。だが、俺の声を聴くや否や男達はAKを手に取った。
反射的に引き金を引く。
一人は胸に二発、もう一人は脇腹と肩に一発ずつ命中した。一人は痙攣し、血の泡を吐いて死んだ。
「……女はどこだ」
生きている男のAKを握る手を足で押さえ、低い声で問う。
「へっ……手前で探しやがれ」
「じゃあ、質問を変えよう……マ――女は無事か?」
足に込める力を強くする。スライドに沿わせた指を引き金に掛けた。自分でも判るくらい、視線が冷たい。
「……知るか」
その三文字を聞いた瞬間、俺は男の頭にフルメタルジャケット弾を四発撃ち込んだ、スライドが下がりきっても引き金を何度も引いた。
頭部が無残なことになった死体を目にし。
「何に怒っているんだ……俺」
自嘲気味に言うと、空のP7を捨てAK-47とコルトパイソンを死体から奪う。
イサカを構え、AKを背負いパイソンをベルトに挟む。
ふと思い、更に死体をまさぐる。先に死んだ方の男のポケットから、潰れかけたパーラメントのパッケージが出てきた。
「待ってろよ」
同じ様に出てきたジッポライターをポケットに突っ込み、建物に走る。
リノリウム張りの床を駆けた、数あるドアを片っ端から開けていく。どこも荒れ果て、人っ子一人いない。
壊れたベットと朽ちた本棚が放置された部屋が多く、かつては居住区であることが窺える。
「どこにいるんだ?」
不安が言葉に出てしまう。
それがピークに達した時、一階で最後のドアノブに手を掛けた。
開けた先では、白衣をまとった男が椅子に座り注射器に薬品を入れていた。
「なっ!お前……」
「俺の相棒はどこだ」
男が立ち上がってフリーになった椅子に向けて狙いを定め、イサカを撃った。
事務椅子は、スポンジクッションのカスをまき散らしながら吹っ飛ぶ。
「こんなスクラップになりたくないだろ」
ポンプを前後させ、空シェルを排莢させる。プラスチック製のシェルが硬い床に落ち、軽い音を立てた。
男は冷や汗をかき口をパクパクさせながら、焦点の合わない目で俺を見ていた。
暫くの沈黙。それを破ったのは。
「赤沼?」
最近になってようやく耳に馴染んできた、女の声だった。だが、いつもの調子とはかけ離れた声色が、俺の感情を刺激させた。
白衣の男を銃床で殴って気絶させ、声の方に駆け寄る。
骨組みとマットレスだけの粗末な寝床に、彼女は寝かされていた。
上半身は下着姿で顔は真っ青で覇気が無い、右肩には血の滲んだガーゼ。
「ああ、俺だ……」
声が震える。
マリアは痛みのせいか顔を歪め、肩を押さえ上体を起こした。
「よかった……無事みたいだね……。……そんな顔、すんなよ……」
「……無茶言うな」
口元を手で押さえながら、俺はマットレスに腰掛けた。
「すまねぇ…………俺の、せいだ……」
歯を食いしばる。
怪我をさせてしまった。罪悪感が重く肩にのしかかる。
相手の力量を見誤り、自分一人が拉致られたならまだしも、相棒を巻き込みあまつさえ怪我まで負わせてしまった。
情けない話だ。これが人々を救う事を志した男のやることか。
「いや、あのコックが強かっただけ、あればっかりはしょうがなかった」
「……でも」
「悔やんだって、私の怪我は治らない。だったら、少しでも建設的な話をしよう」
駄々っ子を宥める様に、マリアは言った。
その言葉は、俺の熱くなった感情を落ち着かせるきっかけになった。浅くて荒い不規則な呼吸は、次第に規則性を取り戻し自然に深呼吸の形になる。
「悪い」
俺はそう言って、ポケットから煙草のパッケージを差し出した。
「ありがと」
しわくちゃになった煙草を、伸ばし咥えた。俺はライターの火を煙草に付けてあげる。
美味そうに煙草を吸う相棒を見て、俺は何が出来るか改めて考える事にした。
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