小悪党の終焉
渋谷スクランブル交差点から少し離れた裏通り。
そこに、防弾仕様のハイエースや陸自の中型トラックが集結した。
陸自やISSの面々は、全員が自動小銃に防弾チョッキを装備して、無線をチェックしている。
「桔梗1。これより暗渠内に突入する」
レンジャー徽章を着けた大柄の自衛隊員が先導し、暗渠の中に入って行く。
自衛隊員達の鉄帽には暗視装置JGVS-V8が装着されており、ISS局員もAN/PVS-14暗視装置をACHヘルメットに装着してある。
それぞれの小銃にも、レーザーサイトが付けてあった。
暗視装置を装備していると、照準器でのエイミングが出来なくなるからだ。
「……暗いな」
若い隊員が小さな声で呟いたが、思ったよりも声は響いた。
『馬鹿野郎! 相手にバレるだろうが!』
『すいません……。大塚三佐』
無線で𠮟責される。声は更に小さい。
そんな事もありながら冷たい水で凍えつつ、暗渠の中を進んで行く。
『……しっ。少し静かに』
大塚三佐と呼ばれた自衛隊員が、口元に指を添え「黙れ」とジェスチャーした。
微かに水音がする。
「……いた」
あるISS局員が、先に立つ三人の人影を見つけた。手にはAR-15系のカービンを持っている。
『アンタ等の標的だ。先は任せる』
その三佐の言葉を受け、局員が叫ぶ。
「日本ISSだ! 武器を捨てて投降しろ!」
人影は慌てて銃を構え、撃ち始めた。
狭い暗渠内で銃声が反響する。
だが、ISS局員や自衛隊員は冷静に対応した。地面に伏せ、レーザーで狙う。
だが、向こうの逃げ足の方が早い。
「追うぞ、このまま地上に出られたら厄介だ」
「……先制攻撃出来ない方が厄介だよ」
三佐がそうボヤキ、89式を構え直す。
装備面では斎藤達より優れている。そして、人員も案山子じゃない。
「進め!」
号令。銃を構えつつ、前進する。
斎藤達は散発的に銃を撃ってくるが、所詮暗闇での盲撃ちだ。暗視装置で構えたのを確認し、射線を切ればいいだけ。
『この先は行き止まりです』
『そこで斎藤一味を追い詰めます。……なんかあったら撃ってください』
『へいへい。仰せの通りに』
そして、三分も経たない内に日の光が暗渠に差し込んできた。
5.56ミリ弾の猛攻が襲ってくるが、自衛隊員がカービン銃を狙い撃ち攻撃を封殺する。
「無駄な抵抗を止め、投降しろ!」
局員が叫び、SCRAの銃口を向けた。
外に出る。そこは商店街の古い貯水池だった。
中田と黒坂が金網をよじ登り、斎藤が拳銃一丁で二十人以上もの相手に立ち向かおうとしている。
「黙れ!」
斎藤は憤怒に駆られ、震える手で拳銃を握っている。
「お前達に何が分かる! 俺がどんな思いで! この国に尽くしてきたか!」
現職の自衛隊員達。元警官や元自衛隊員達に対し、溜まった鬱憤をぶつけた。
「俺は、俺達は必死になって国に尽くした! だが、国民はどうだ“役立たず”だの“税金泥棒”だの“人殺し”だの散々言いやがる!」
中田や黒坂は金網から降り、何とも言えない目で上官を見ていた。
「……分からないのなら、分からせてやる。そう思っただけだ!」
「……そうか」
大塚三佐はそう漏らし、近くにいた二曹に自分の小銃を預け鉄棒を脱いだ。
「斎藤一佐! 俺も分かるぜその気持ち!」
その場にいる全員の視線が、三佐に注がれる。
「俺も何度も煮え湯飲まされてきたからな!」
「……分かってくれるのか?」
突如現れた理解者に、斎藤は驚き拳銃を下ろした。ISS局員達は銃を構えたが、三佐の陰に隠れ斎藤は撃てない。
三佐は斎藤の前に立った。
「だが……お前はやり過ぎた。こんな事したって、分からねぇ奴には一生分かんねぇんだ」
「なっ!」
腰の入った重い拳が、斎藤の顔面にめり込んだ。
「俺達は自衛隊員なんだぜ 忘れたか?」
水に沈む斎藤を引き上げながら、三佐はそう呟いた。
斎藤を掴む太い腕や鋭い眼光、顔に刻まれたシワは彼が歩んできた人生を物語っている。
彼は戦ってきたのだ。
戦争だけが、戦う手段ではない。それを彼は理解していた。
「確保しろ!」
三佐はISS局員に斎藤を渡した。中田や黒坂も抵抗したが、最終的には。
「午前十一時二十五分、銃刀法違反で緊急逮捕ぉ!」
三人は手錠を掛けられ、並べられた。
アルミ製の手錠には、どうにもならない罪と罪悪感が輪っかに込められている。
死にはしないし、この件が世に出る可能性は低い。
現職自衛官が大規模テロ計画を企てていたなんて、国家の威信にかけて言える訳が無いからだ。
けれど、世に出ないからと言って彼等の背負う十字架が軽くはならない。
斎藤逮捕の一報は即座に、俺の元に届けられた。
「……そうですか」
「なんや。もちっと嬉しそうにしたらどうや」
植田は口角を上げ、お茶を一口飲んだ。
確かに、斎藤は逮捕された。けれどもアイツは所詮小悪党。
この件の黒幕は……弓立涼子だ。
斎藤は弓立の居所を知らなかったようだし、完全に姿を眩ませている。
一体、何処にいるのか。それが判明しない限り、にっちもさっちもいかないだとう。
「……出てきやがれ。相手になってやる」
よく晴れた冬の空を睨む。
彼女は間違いなく、この空の下にいる。
それだけ分かっているのが、悔しくて仕方がない。
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