壊れる歯車

 東京に戻り、早速弓立の携帯を調査係に持ちこむ。

 対応してくれたのは、パソコン解析で世話になった植田さんだった。

 

「今度は携帯か」

「ええ。それの中に入ってる番号の照会と、逆探知が出来る様にしてくれませんか」

「お安い御用や」


 パソコンに接続し何かを設定したかと思えば、画面の隅に日本地図が表示されたウィンドウが現れた。


「これで、逆探知できるようになったで。……刑事ドラマみたいに、引き伸ばす必要は無いからな。十秒もあれば、場所はお見通し」

「ありがとうございます」

「とりあえず、データコピーするから待って――」


 植田がキーボードに手を乗せた瞬間。

 携帯が鳴り始めた。着信元は『Y・S』。

 すると、ウィンドウの日本地図が拡大し始めた。

 太平洋側。関東地方。東京都。――渋谷区。

 やがで、その片隅に赤い点が表示される。


「……誰や? この、Y・Sってのは」

「……斎藤幸人です」

「なんやて!」


 そう叫び、植田は内線で強襲係に電話を掛けた。

 俺は唾を飲み、携帯電話を手に取った。


「植田さん……」

「――そう! 場所は渋谷区……なんだ!」

「電話出てもいいですか?」


 俺の言葉に一瞬、呆気にとられたようだがすぐに真剣な顔になり、俺の眼を射抜いた。


「……ええけど、何かあってもお前が尻拭けよ」

「分かってます」

「せやったら、勝手にせい」


 そう言って、植田は電話対応に戻る。

 何度か深呼吸を繰り返し、通話キーを押す。


『やっとかぁ! 弓立ぃ! 今どこにいるぅ! 答えろぉ!』


 久し振りに聞くが、斎藤の声で間違いなかった。少しエコーがかっているのが気になる。


「……残念。弓立じゃないぜ」

『……お前は!』

「そうだ。久し振りだな。一佐殿」

『……何故、その携帯電話を持っている。赤沼ぁ』

「当ててみろよ」

『弓立を殺したのか?』

「ブー。残念だったな見事にハズレだ」

『………………』

「教えてやるよ。……俺は今、群馬は榛名山の麓にいる」


 嘘だ。斎藤にはたった今携帯電話を手に入れて、着信に出たようにしなければならない。

 植田がパソコンのメモ帳を開いて『強襲係出動』と打ち込んだ。


『………………』

「まだ分かんないのか? ……テメェんところのガキが、お友達が群馬に逃げたって教えてくれてな。……けど折角、雁首揃えて群馬まで来たってのに誰も居やしねぇ」

『……誰も居ない?』


 その態度のおかげで、疑念が確信に変わった。

 どうやら、弓立は斎藤を見限ったようだ。兵隊を連れて行ったのは、完全に弓立の独断。

 自分だけ美味しい所を持っていく気らしい。


「ああ。倉庫はもぬけの殻だ。落ちてた携帯を拾って、着信に出てみたら……オメェが掛けてたって訳」

『………………』


 呆然としているのが、音だけで分かる。


「残りの兵隊をどこへやった?」

『……知らない』

「知らない? お前の部隊だろ!」


 俺も何も知らない風を装う。

 植田が続けて『陸自治安部隊と周囲を捜索中』と打ち込んだ。

 もう少し時間がかかるようだ。


『……その携帯は、弓立の物だ。アイツが……アイツが……部下を……』

「なんだ“ハーメルンの笛吹き”みたいに連れてったとでも言いたいのか?」

『そ、そうだ!』


 その狼狽ぶりに、思わず哀れだなと言いたくなったが喉に押し込める。


「見苦しいぞ。場所を言え!」

『本当に知らん! 弓立を探して聞けばいいだろう!』


 ついには逆ギレ。こんなのより階級が下だったのが嫌になる。

 舌打ちでもしてやろうかと思案した瞬間。


『一佐――――地上で、自――が動き――――』


 聞き覚えのある男の声。中田といったか。

 その声に混じって、微かに水音が聞こえる。

 エコーがかった声。水音。

 ……下水道にでも潜んでいるのか。

 俺はキーボードで『水のある地下に潜んでいる』と打ち込んだ。

 植田は頷き、受話器の向こうに指示を出している。


「……そうだな。残りの兵隊は弓立と一緒に片付ける事にするよ。じゃあ、今度はお前の話をしよう」

『……あん?』

「お前の家族に会ったよ。……嫁さんと息子にな」

『……!』


 息を飲む気配がこちらにも伝わってきた。


「いいのか? お前がこのまま暴れれば、あの二人は“テロリストの家族”という汚名を被って生きていく事になる。……それでもいいのか?」


 返事は無い。畳みかける。


「息子さん、まだ小さかったな。嫁さんも大変じゃないか? あんな小さい子と、ボケてる爺抱えて、周りの目を気にしなきゃいけないなんて」

『………………』

「決めるのは……お前だ。斎藤」


 しばしの沈黙。そして。


『俺は――』


 口を開いたと思ったら、その声は別の声にかき消された。


『日本ISSだ! 武器を捨てて投降しろ!』

『クソッ!』

『撃て撃て!』


 けたたましい銃声。その後、水に何かが落ちる音がして通話が切れた。

 ゆっくりと、携帯電話を置く。


「……渋谷で始まったみたいや。奴等、渋谷川の暗渠に隠れたらしいわ」


 暗渠。地下を流れる川と言った方が、分かりやすいか。

 確かに東京の地下は、それこそRPGゲームのダンジョンみたいに入り組んでいる。

 身を潜めるにはうってつけだ。


「でもまぁ、今俺達に出来るのは……無事を祈るだけやなぁ」


 植田の言葉に、俺は頷くしかなかった。

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