兵士orテロリスト≠彼等

 倉庫に携帯電話以外の手掛かりは残っていないかった。

 それにこの携帯だって、弓立や祖国の盾構成員の場所を割り出すには役に立たない。

 東京に戻って、解析を掛けない事には何の意味を持たない物体だ。

 溜息を飲み込んで、倉庫を離れた。

 カーラジオでは未だ混乱が収まらない東京の様子を報道している。

 いつだか、斎藤が東京を『弾ける寸前のポップコーン』に例えていた。

 ……だとすれば、ポップコーンは既に弾けているのか。

 それとも……?


『――とにかく、もう群馬にはいないと』


 本部にいる矢上に電話を掛け、群馬での結果を伝えた。


「その可能性が高い。居場所が割れてるかもしれん時は、移動した方がリスクが低いし」

『検問は……』

「相手は大型トラックだ。パトカーや自衛隊の小型トラック風情じゃ蹴散らされる」

『………………』

「都内に入る道全部に検問を布いてるだろうが、せめて装甲車置くべきだな」

『政府は巷で流行りの銃撃事件の裏で、そんな事が起きてるとは思ってませんよ』


 口調はどこか悲しげだ。

 いくら説明しようが、実際に事が起こらないと重い腰は上がらない。


「まぁ、一晩こっちで明かしてから東京に戻ります。相方も疲れてるし」

『分かりました』


 電話を切り、頭を掻く。斎藤が予定している日時まで、まだ一日の猶予はある。

 しかし、だからといって安心は出来ない。

 兵隊を失った事で、行動を早めたり、予期せぬ行動をするかもしれないからだ。

 

「安眠の日は程遠く、か……」


 携帯をサイドテーブルに置き、俺はベッドに潜り込んだ。

 隣のベッドではマリアが既に寝息を立てている。

 ついさっき言ったボヤキと、相棒との差に苦笑する。

 少しだけ、彼女の寝顔を眺めてから俺も目を瞑った。



 東京都。千代田区。東京メトロ霞ヶ関駅

 混沌の夜が明けた。昨晩、散々国会前で騒いでいたデモ隊とすれ違う。

 どいつの顔にも生気は無く、寒さと虚しさを抱え地下鉄に吸い込まれていった。


「……どうするんだっけ」

「この近辺に配備されてる、自衛隊の配置位置の確認」


 地下鉄霞が関駅から出て来た、コート姿の男が二人。

 彼等は、祖国の盾の構成員だ。

 新たに指揮官となった弓立涼子から、偵察任務を承っていた。

 狂気に取り憑かれているが、彼女はプロだ。無鉄砲に突っ込むほど、馬鹿じゃなかった。


『別に双眼鏡持ってギリースーツ着て、長時間耐えろとは言いません。警視庁前から国会前まで、散歩するだけでいいんです』


 そう指示して、彼等が持っていた銃器を預かった。

 変な事、特別な事をしなくていい。ただ、見て回ればいいのだ。

 歩いてる奴を片っ端からしょっ引く程、警察も人を余らせていない。

 それに、配置を大雑把に把握出来ればいいので、やるのは素人でもいい。


「……怖いな」


 一人が弱音を吐くが、もう一人は割り切った態度でKENT煙草を咥えた。


「のんびり行こうや。……あの女だって、変なことしなければ危害を加えんだろう」


 そう言い、彼は白煙を吐き出しながらさり気なく、警視庁の方を見る。

 警察庁と警視庁前は機動隊が警備しており、透明な盾を装備して綺麗な一列で立っている。

 奥には青のバス型車両が見えた。

 流石にこの情勢と言えど、本丸近辺の警備は自衛隊にやらせないようだ。

 少し歩くと、皇居のお堀が見えてきた。

 お堀に沿って、自衛隊車両が駐車している。

 その周辺には、銃剣が付いた89式小銃を抱えた陸自隊員が目を光らせていたし、停まっている軽装甲機動車の銃座にはミニミ軽機関銃が装着されていた。

 二人は国会議事堂方面に体を向け、首をすくめながら歩いている。

 車通りは平時に比べれば少ない。

 だが車が通っているという事は、この東京まちで日常が営まれているという事だ。

 非常時だが、そこには確かに生きている人間が居る。

 それを理解しているのか、理解していないのか、彼等は冷めた目で周囲を眺めていた。

 国会前まで近づくにつれて、自衛隊車両の数が多くなっていきその堅牢さも強くなっている。

 国会前には96式装輪装甲車が鎮座していた。

 自動てき弾銃や重機関銃の黒光りした銃口が空を向いている。

 

「……なんか、変な気分だな」

 

 幼い頃から、ニュースやなんかで目にしてきた国会議事堂前。

 その前が、こんな風に変貌しようとは誰が想像しただろうか。


「……明日には、ここも戦場になる」


 弓立が語った都内への進撃計画。

 首都中枢への武力行使に、一般市民の虐殺。

 とてもじゃないが、正気の人間が考え付く物ではない。しかし、その狂気に彼等は魅入られていたのだ。

 もっとも、美しい宝石や絵画と違い……人の狂気に魅入られた末路と言えばロクなもんじゃない。

 もう一人の男が二本目の煙草に火を付けた。


「……これでいいのか?」


 煙を吐き出し、現状への疑問を吐露する。

 だが。


「間違ってようがなんだろうと、もう後には引けない」


 答えのようで、まったく答えになっていない。ただの先延ばしだ。

 けれど、それも仕方がない。彼等は国に忠義を尽くす本物の兵士でも、大義を持ったテロリストでもないのだから。

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