因果な日常

 海老名からISS日本本部まで、江戸川に送ってもらう。

 去り際に江戸川は俺に向かって。


「それじゃあ、期待していますから」


 と言い残していった。カローラを見送り、俺は本部の建物に入る。

 立川に建つここは陸自の立川駐屯地や防災基地などの施設が近くにあり、首都圏から少し離れている事で首都中枢を狙ったテロからも本丸を守れる。

 受付で矢上の名前を出すと、彼はすぐに顔を出した。


「赤沼さん。ちょうどよかった……今連絡しようと思ってたんです」

「公安の江戸川って奴から頼まれたよ。仕事してくれって。それで、色々と確認に来た」


 俺が江戸川の名刺を見せると、矢上は納得したように頷く。


「なるほど彼が……」


 そう呟くと、名刺を俺に返した。


「そうだ赤沼さん、アメリカの方から荷物を預かっています。詳しい事は上で話しますよ」


 矢上は俺をエレベーターまで促す。

 俺は初めて、日本の強襲係のオフィスに足を踏み入れた。

 しかしアメリカとの違いと言えば、そこを占める人種の違いだけだ。

 けれど、アメリカのオフィスよりあくせく働いている様に見える。

 俺はパーテーションで区切られ、ソファーとテーブルが置かれた、応接間に案内された。


「買い置きのお茶で悪いですけど」


 ペットボトルのお茶を矢上から渡される。


「いただきます」


 俺はそれを受け取って、一口だけ飲んだ。

 矢上は俺の向かい側に座り、話しだす。


「アメリカ本部では、赤沼さんをここ日本本部に出張させる事にしたそうです」

「この事件が一段落するまでか?」

「そうですね。……というか、公安の方が満足するまで、ですね」

「江戸川が満足するまで……」

「事をどれだけ暴いたら満足するか分かりませんが……一つ言えることは、彼は赤沼さんをかなり買っているという事です」

「……初対面のはずなんだけどなぁ」


 人の顔を覚えるのはどうも苦手だ。

 実は何十年も前に会っていた……なんて事も、もしかしたらあるのかもしれないが。


「……まぁ、分からないことを考えても仕方ありません。仕事の話をしましょう、赤沼さん」

「……それもそうだな」


 俺が返事をすると、矢上は自分の携帯をこちらに差し出した。

 画面はネット地図が表示させており、秋葉原の一角にピンを刺してある。


「まず、明日。公安の人と一緒にここに行ってください。データは後で送りますから」

「ここは?」

「例のアングラサイトの管理人が、最後にパソコンを操作した場所です」

「……格安で銃を売ってるサイトか」

「ええ。サイト自体は、新宿駅の事件以来消滅しています。ですが残っていたログから痕跡を探して、IPやらブロバイダやらを特定して、ようやく見つけたのがここですよ。見つけた時は、調査係の人達は大喜びでした」

「でも、新宿駅の一件から一年近く経っている。……まだいると思っているのか?」

「人がいなくとも、流石に痕跡ぐらいは残っていますよ。それに、まだ住んでいるのならば、手間も省けますし」

「さいで」


 俺はもう一口お茶を飲んで、首を回した。

 その時。矢上の携帯が短く鳴った。メールかメッセージのようだ。

 携帯を懐に仕舞うと、彼は言う。


「赤沼さんの銃が届いたようです。調達係の方へ来てください」

「分かった」


 矢上の後を付いて行き、調達係のオフィスに入る。小さな木箱と、梱包材に包まれたショルダーホルスターを渡された。


「支給品のUSP、使わないんですか?」


 俺が木箱を開けてシグを手に取ったと同時に、矢上は口を開く。

 弾倉は入っていないが、スライドを引いて弾が入っていないか確かめる。


「アレもいい銃だったんですけど……ヤク漬け女にぶっ壊されたんですよ。このシグは――」


 マリアの事を名前か相棒で呼ぶか一瞬悩み。


「……相棒に買ってもらったんです」


 無難な選択をした。

 その悩みを察したかは分からないが、矢上は笑う。そして、自分のホルスターを見せた。

 彼のホルスターには、USPコンパクトが収められている。


「……ジャックバウアーですか?」

「ありゃ、バレました?」


 人気の高い海外ドラマの真似をする気持ちは分からないでもないが、普通は二十四時間は戦えない。

 お互いに苦笑してる間に、俺は自分のシグの整備が終えた。

 最後にホルスターに銃を入れる。

 体の脇にぶら下がる重り。ほんのり香るガンオイルと火薬の臭い。

 これだけで、日常をかなり取り戻した気がする。


「さまになってますね」

「どうも」


 日常が非日常へ。非日常が日常へ。

 こうなる事は誰も予想はしなかっただろう。朝まで覚えていた不安感や違和感は、いつの間にか溶けて無くなっていた。


「赤沼さん。アメリカでの仕事は、どうですか?」

「まぁまぁですかね。……もしあのまま、自衛隊に居たら体験できなかったでしょうね」

「……後悔、してないですか?」

「してないですよ。……それに、エネミーの話を聞いた瞬間から、俺はこの国の自衛官ではいられなくなってしまったんです」

「勿論、そのつもりで私達はお話しました」

「この命尽きるまで戦うで候。……ってか?」


 俺は歯を見せて笑う。

 エネミー。世界の裏で蠢く魑魅魍魎ちみもうりょうの類だ。

 その毒牙は既に食い込み、至る所で弱き者が犠牲になっている。

 そんな奴らがいる事を知り、俺はこの道に入った。

 よく考えれば因果な話だ。

 エネミーに一番近いと言われていたカリスト・マイオルから、数多くの出来事に巻き込まれていったのだから。

 少なくとも、あの時話してくれた内容が眉唾ではなかったのだ。

 逮捕から四か月。カリスト・マイオルは黙秘を貫き、捜査はにっちもさっちもいっていない。

 未だ、エネミーの正体は掴めないまま。

 しかし、俺のやる事は変わりはしない。


 その他の事務報告や世間話を済ませ、俺は本部を出る。

 少し歩くと立川駐屯地からUH-1Jが飛び立つのが見えた。ここは、第一師団の第一飛行隊があったはずだ。

 俺はヘリの機体を眺めながら、過ぎ去った日々に思いをはせ、ぼんやりと歩いていた。 

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