覚悟の上
煙草臭い空気を窓を開けて吐き出す。ついでに、外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「……別に、俺じゃなくてもいいだろ」
「そう言わないでください。少なくとも、私は赤沼さんを買ってるんですから」
「俺より優秀な奴はいるでしょう。頭が切れる奴、手先が器用な奴、格闘に長けている奴や射撃が上手い奴とか」
現にマリアは俺より射撃が上手い。ハリーは俺より器用だし、シルヴィアは俺より頭が良い。
俺は色んな奴の顔を思い浮かべながら、言葉を紡いだ。
「……赤沼さん。個人によって、長けている能力はバラバラなのは当たり前ですよ。それより大事なモノは、別にあるんです」
「何だ?」
「覚悟ですよ」
「覚悟?」
「ええ」
江戸川は俺のオウム返しの言葉に返事をし、新しい煙草に火を付ける。
チェーンスモーカーだ。
「どんなに頭が良くても、どんなに銃の扱いに長けていても、覚悟が無ければどんなモノも務まりません。その点、赤沼さんは信頼できる」
「そうかなぁ?」
「そうです」
江戸川は煙草の灰を落とし、話を続ける。
「……それに、先日の自動小銃強盗の時、何十人もいる人間の中で動けたのは赤沼さんただ一人でした」
「そりゃな。……一般人が、拳銃拾って犯人を撃つなんてマネ、出来るはずないだろう」
「赤沼さんの言う通り、一般人には無理でしょうな。ですが、訓練を受けた警官もなすすべなく銃弾の餌食になったのは、どう説明するつもりで?」
「……戦後の日本で、何度か銃乱射事件はあった。だが、それは俺、いやアンタすら生まれていたか怪しいほど昔の出来事。聞くけど、動かない紙の的に当てる訓練しかしていない今の制服警官が、冷静に撃てると思っているのか?」
「無理だ」
江戸川は言い切った。そして。
「……だから、赤沼さんに頼むんです。土壇場の機転、一歩間違えば死ぬかもしれない状況下で冷静に動ける、そんな人材は日本では中々お目にかかれませんよ」
「……………………」
反論が思い付かない。それを江戸川は白旗だと判断したのだろう、頷きながら煙草を消す。
「まぁ、既にアメリカISS本部の方には連絡してありますから、安心してお仕事をしてください」
この野郎と悪態を付きたかったが、出て来たのは溜息だった。
江戸川のカローラは海老名サービスエリアに停まる。
「話に付き合ってくれたお礼に、ソフトクリームでも奢りますよ」
「それは嬉しいね」
車を降りて、売店の方に向かって歩く。
その途中、子供とぶつかりそうになった。子供は無邪気に笑い、走って行ったが後を追う母親が俺にすいませんと言ってきた。
気にしてないですよ。それだけ言って、江戸川の背中を追いかけた。
江戸川の横に並ぶと、彼がポツリと言う。
「あの無邪気な声を聞くと、救われます」
彼の細い目から感情を読み取ることは出来なかったが、経験値は俺の何倍も積んでいる事は分かる。
その細い目に、いったい何を焼き付けてきたのだろうか。
「……赤沼さんは、何味にします?」
味が書かれている紙を指さしながら、江戸川が言う。俺はバニラを選んだ。
「ふむ……じゃあ、私はストロベリーにしますか」
真面目くさった顔で中年男がそう呟くのは不気味だったが、どこか親しみがある。
ソフトクリームを受け取り、近くにあったベンチに座って食べる事にした。
「昔からソフトクリームが好物でしてね。……知ってます? 赤沼さん。デパートの屋上に遊園地があったのを」
「そのくらい知ってる」
「子供の頃は、デパートに連れて行ってもらって、お子様ランチ食べた後にソフトクリーム舐めながら屋上遊園地を回るのが楽しみでしてね」
「……アンタにも、子供の頃があったんだな」
俺がそう言うと、江戸川は苦笑した。
「あの頃は、無邪気に笑って何も知らずに生きていけました。でも、今は違う。警察官として、一人の大人として、責任を持って生きなければならない。子供の無邪気な笑顔を守る為にはね」
「……なるほど」
パッと見は少し胡散臭かったが、この男も使命に燃える警察官な訳だ。
俺は江戸川の事を、少し見直した。
「力無き正義は詭弁で無力だ。守る為に多少の武力は必要になる。けれど、今回の事件に使われた様な銃器はいらない」
「同感だ」
コーンとクリームの境目まで舐め終え、クリームごとコーンを食べる。
ふやけたコーンに半解けのクリームは合っていて、とても美味い。
どこか懐かしく、ホッとする味だ。
「赤沼さん」
「なんだ?」
一足先にソフトクリームを平らげていた江戸川は、煙草を探していた。
「今回の事件。日本ISSが主導権を握っていますが、我々公安の方も捜査に協力しています。なので、明日からの捜査は私の部下と一緒にしてもらいますよ」
「……そうかい」
俺はコーンを包んでいた紙を丸め、ジャンパーのポケットに突っ込んだ。
「アンタにも部下はいるんだな」
「いますよ。貴方に付ける部下は、その中でも選りすぐりです」
「期待しておこう」
紫煙が目の前を漂い、煙草臭が強くなる。江戸川はタバコを咥えながら、メモを差し出した。
それには、明日の朝に警視庁の前にいるようにと、書かれている。
俺はそれを受け取り、江戸川に聞いた。
「一応聞いておくけれど、その部下の人は覚悟出来てるの?」
すると江戸川は。
「それは、実際に見て確かめてください」
とだけ言って、煙を吸い込んだ。
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