車内にて

 江戸川の車は古いカローラだった。

 電車で霞が関まで付き合わされ、車に乗せられる。

 車内は少し煙草臭い。消臭剤が置いてあるが、焼け石に水だ。


「子供の頃から車が好きでしてね、給料を貯めてやっと買った初めての車なんですよ」

「……俺は、愛車遍歴を聞きに来たんじゃないぞ」

「いや、失敬。じゃあ、行きますよ」


 江戸川は丁寧に車を動かし、走らせ始めた。

 しばらく走ると、江戸川が口を開く。


「車の中だと、他人に話を聞かれる必要はないでしょう。……私や赤沼さんにとっても、いい事だと思いますけどね」

「それには同意しますけど……」

「それに、車が好きだって言いましたよね。この中にいると、落ち着くんですよ」

「……変わってるな」

「よく言われますよ」


 江戸川は喉で殺した笑い声を漏らす。

 俺は頭を掻き、江戸川の頭を見つめた。


「……それじゃあ、そろそろ、本題に入りませんか?」

「いいでしょう」

「江戸川さん、なんで俺を尾行してたんです?」

「深い理由はありません。……ただ、貴方に興味が湧きましてね」

「悪いけど、俺はあんまり面白い人間じゃないですよ?」

「そんなことないです、赤沼さん。貴方は、随分と興味深い」


 江戸川はそう言い、助手席に置いてあった茶封筒を俺に差し出す。


「開けてごらんなさい」


 俺は躊躇いつつも、封筒を開き中にあった書類の束を引っ張りだした。


「……これは」


 中にあった書類の一番上には、見覚えのある題が書かれている。


 『新宿爆破テロ未遂事件重要参考人「赤沼浩史」取り調べ記録』


 四ヶ月前。俺がまだ自衛官だった頃、ISSへと勧誘に来た矢上とデニソン主任に見せられた、警察の資料。

 考えれば、江戸川も警視庁の人間だ。持ってくる事も不可能ではない。


「赤沼さん。貴方が感じた寒気、平たく言えば第六感ってヤツですか。私はそれに興味が湧いたんですよ」

「……別に、変な事じゃないと思うけどね」

「何故そう言えるです?」

「アンタ、免許はゴールドか?」

「……ええ。免許を取ってから一度も、事故も違反もありません」

「免許を取って何十年。事故は無くとも、ヒヤッとする事はあったでしょう。その取り調べの資料に書いてあることは、そう言う事です」

「だが、それは事後に感じる事ですよ。なのに……赤沼さん、貴方は少女と目を合わせた時に感じている。もはや超能力だ」

「……だからといって、誇る事ではないさ」

「なるほど……」


 そう呟き、江戸川は煙草を咥えて火を付けた。


「どうです?」


 煙草のパッケージが差し出される。ハイライトだ。

 俺は遠慮した。

 景色は変わり、東名のインターチェンジが見えてきた。

 いつの間にか、世田谷まで来ていたらしい。

 不意に、江戸川が口を開く。白い煙を吐き出しながら。


「ですが、赤沼さん。新宿駅での一件は、見事だったと思いますけどね」


 バックミラーには、江戸川の上がった口角が見える。


「はぁ?」

「怪我人は貴方含め四人。他の三人は、貴方を爆弾魔と勘違いした警官。地下鉄のホームが一つ吹っ飛びましたが、一ヶ月もしない内に路線再開。二ヶ月半でホームは復旧。死者は、実行犯の少女だけ。……咄嗟の判断で、ここまで被害を抑えられたのは、見事です」

「……買いかぶりだ」

「ご謙遜を。もし、凶行を抑えられなかったら、東京はパニックになっていたでしょう」

「………………」


 否定はしない。

 あの時の農薬爆弾が入った缶の中には、鉄片や釘も入っていた。

 対人を想定した作りの物が、あの人混みのど真ん中で爆発したと考えるだけでゾッとする。


「爆弾自体は、市販の農薬を混合させて作った物。少女の両親は、理系の大学を卒業してましてね、そこで知識を得たのでしょう。少女が自決に使ったナイフも、事件前日に母親がホームセンターで購入しているのが、防犯カメラに映っていました。……ですが、一つだけ、持っているのが説明できない物があります」

「……拳銃」

「鋭いですね。……資料がその中に収まっています。探してみて下さい」


 俺は言われた通りに書類の束を漁り、拳銃の資料を見つけた。


「所持していたのは、旧ソ連時代から使われてるマカロフ拳銃。中国製のコピーではなく、純正品でした」


 資料の中の拳銃の写真には、ロシア語が刻印されている。


「……それを、少女の両親はアングラサイトで一万円で購入したと証言しています」


 江戸川のその言葉。俺の脳裏には昨晩、矢上が言っていた事が浮かんできた。

 純正品の銃を安く簡単に手に入れられる。


「おかしいと思いませんか、赤沼さん」

「そりゃな。……あの時、その拳銃を俺は撃ったが、出て来たのは間違いなく実弾だ。BB弾の玩具ではなかったぞ」

「そう。……あの事件は、教典を深読みした奴が自分の子供を犠牲に起こした事件……だけじゃなかったんですよ」

「それとは別に、他の事件が絡んでくると?」

「はい。その糸口が、そのマカロフです」

「……………………」

「現に、赤沼さんが日本にいない間、ひっそりと銃器の押収件数が多くなっている。……ヤクザや半グレなんかはまだしも、一般人が質のいい銃器を持っているケースが増えているんです」

「……何の為に?」

「それを今から調べるのが、我々公安の仕事。犯罪の芽を事前に摘むのがね」

「…………………………」

「赤沼さん、貴方は優秀な人だ。是非とも、ISSの人間として我々の捜査に協力して欲しい」

「それが、俺を連れ出した目的か?」

「はい」


 江戸川は、目を細めて煙草を灰皿に押しつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る