赤沼浩史と弓立涼子
拳銃を持って実家に帰るのは憚られたので、荷物だけ取りに行きビジネスホテルに泊まった。
安っぽい朝食バイキングを食べながら、これから会う江戸川の部下について考える。
あの男の部下と言うと想像できるのは、似たようなファッション傾向の男だ。
黒かグレーのコート。その下はスーツだろう。
これで瓶底眼鏡でも掛けていたら笑える。
「……楽しくなりそうだねぇ」
納豆ご飯をかき込み、皮肉を呟いた。
地下鉄で霞が関まで行って、警視庁の正面玄関前で待つ。
警官が声を掛けてきたが、ISSの身分証を見せると関わりたくないと顔に滲ませて、本来の業務へと戻った。
「嫌われてるなぁ」
警官から視線を移し、道路の方に双眸を向けた瞬間。灰色の物体が網膜に飛び込んできた。
「赤沼浩史さんですね?」
女の声。マリアほど若くはない。俺と歳は大差ないだろう。
灰色の物体の正体は、グレーのダッフルコートを着た女だった。
黒髪は肩甲骨くらいまで伸ばしているが、しっかりと手入れされており艶がある。
背は百七十五センチ程。
ほっそりとした輪郭に細身の体格は、警察官というよりか女優の方が納得できる。
「……ああ」
「よかった。課長が言った通りだ」
そう言い、コートのポケットから警察手帳を出した。
「
警察手帳の写真は彼女本人で、階級は警部だ。この若さでその階級なら、目の前にいる彼女は俗に言うキャリア組だと推測できる。
けれど、それで怯むほど自分もヤワではない。
「赤沼浩史です。ご丁寧にどうも」
俺も身分証を見せた。弓立は微笑み、俺に一歩近づく。そして、手を差し出してきた。
「お話は課長から聞いています。……しばらくの間ですが、仲良くしましょう」
そう言い、握手を求める。
断る理由も無く、俺は彼女の手を握った。
デジャブ。
俺には分かる。彼女が、数えきれないほどの修羅場を潜ってきた事が。
ISSに初めて来た日。マリアの手を握った時にも、同じ様な事を思った。実際、マリアは若くして歴戦の戦士と変わらない程の実力を持っていたのだから。
俺の勘が正しければ、ただのキャリア組のお嬢さんではなく、実力を伴った階級を持つ人間なのだ。
どうやら江戸川は、しっかりと覚悟が決まった奴を寄こしたらしい。
「ガッシリしてますね」
弓立はおしとやかな笑顔を浮かべたまま、そう言う。
握られてる手に、力が込められた気がする。
「ここは柔道場じゃないんだぜ。投げ合う訳にはいかんだろ」
「……一度お手合わせしてみたいです」
「柔道と近接格闘術の異種格闘技戦、か」
俺は肩をすくめて、手を離した。
弓立もくすくすと笑い、口を開く。
「お楽しみは取っておいて、まずはお仕事です。電車で秋葉原まで行きましょう」
「そうだな」
弓立に先導され、俺は地下に下りて行った。
俺達は電車に揺られて、秋葉原駅に到着する。人込みに揉まれながら構内を出て、至る所に萌えが描かれた街を歩く。
ミニスカメイドにチラシを渡された。というよりか、腕の隙間にねじ込まれたというのが正しい。
「いる?」
「いりません」
「だよねぇ」
いかにもなメイド服を着た女達の笑顔が白々しい。ゴミ箱に放り込みたかったが、生憎近くにゴミ箱はなかった。
ポケットに突っ込み、溜息を付いた。
「赤沼さんはこういうの好きではないんですね」
声を掛けられたので弓立の方を向くと、彼女もチラシを手にしている。どうやら、彼女も押しつけられたらしい。
「好みではないのは確かだ。……でもまぁ、好きな人には好きなんだろうさ」
「私も同じです」
そう言い、彼女は丁寧にチラシを畳んでポケットに入れる。俺のポケットの中はぐしゃぐしゃだ。性格の差が出る。
美少女が乱立する表通りから一つ外れると、昔ながらの硬派な電気街が姿を現す。
用途も分からない部品が八百屋の野菜の如く並び、太った中年男が退屈そうに店番をしている。
テレビ、パソコン、冷蔵庫エトセトラエトセトラ。
多種多様な電化製品が軒先に顔を揃えていた。
更に奥に入り込むと、アングラ感が増す。俺より年上のブラウン管パソコンや、血管みたいなコードが籠から生えている。
トタンで出来たアーケードが、反社会的な雰囲気づくりに一役買っていた。
歩きながら身を乗り出し、うず高く積まれた基盤を眺めていたらいつの間にか目的地の雑居ビルの前に着いていた。
「ここか……」
「いると思います?」
「それは、警察の方が分かると思うけど」
「……刑事の勘ってのは、こんな時に発揮するもんじゃないですよ」
「そうかい」
俺はショルダーホルスターからシグを出し、スライドを引いてコッキングする。
「SIGザウエルP226Rですか」
「弓立さんの得物は?」
俺が聞くと、彼女はコートをめくり内ポケットからS&W M5904拳銃を出した。
お互いの得物を確認し終えたので、部屋に向かう。
「よっしゃ、行きますか」
「ええ」
コンクリートの階段を四階まで昇る。目的の部屋の前には、アマゾンの段ボールがビニール紐で縛って置いてあった。
「電気メーターは回ってますね」
弓立が指さすメーターは、言う通り動いている。
「部屋に居るのかな?」
「いや、冷蔵庫とかこの時期だったらヒーターとか、つけっぱなしの電化製品とかで、人がいなくても回ってるケースが多いです」
「……なるほど」
「まぁ、私に任せてください」
ニヤリと弓立は笑って段ボールを一瞥し、チャイムを鳴らした。
「宅配便です!」
古典的な手だ。
だが、有効な手かもしれない。放置されている段ボールの数から考えるに、日常製品まで通販で買ってる口だろう。
そんなに通販を使っているのなら、注文した覚えがないのに宅配便が来ても、開けてしまうかもしれない。
警察とISSの名前を出すより効果的だ。
そして案の定。
「……はい」
塗装が剥げて錆びた鉄戸が開き、人が顔を出した。
声は低いが女の声だ。
切ってない髪は油ぎっていて、その髪の隙間から眼鏡が覗いている。
不健康な程白い体が、伸びきったTシャツから生えていた。
開いたのを見て、弓立はすかさず足を扉の隙間に入れ、扉を閉められるのを防ぐ。
「なっ……」
女が慌ててるうちに、俺が力任せに扉を開く。
力任せと言っても、大した力は必要とはしなかったが。
「警視庁の弓立です」
「……ISSの赤沼です。……来た要件、分かる?」
「…………っ!」
女は明らかに怯えた態度を見せ、尻餅をついた。
「違法銃器販売サイトの件で――」
言い終えるより先に女が動き、後ろからデリンジャーを俺達に向ける。
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