アンバランス

 寒気がしたわけじゃないが、俺は反射的に女の腕を蹴っていた。

 軽い銃声がする。

 

「イヤァァァァァァァァッーーー!」


 絹を裂くような叫び声。女は部屋の奥の方へ逃げていく。何かが倒れるような騒々しい音がする。

 俺はシグを弓立はS&Wを抜き、後を追う。

 寒気。俺がスライディングで飛び込むと、調理台の上にあったエナジードリンクの空き缶が弾け飛んだ。


「当たりみたいだ」


 俺は呟き、床に転がっていた吹っ飛んだ缶と同じ飲料の缶を蹴飛ばす。

 シンクの中にはインスタント麺の空容器で溢れ、流し台や床には空き缶が放置されている。

 不健康な若者の典型例だ。


「最近の男子高校生だって、もう少し健康に気を遣うぜ」


 俺はボヤいて、壁の陰から隣の部屋を覗く。

 その部屋にはデスクトップパソコンが置かれたテーブルに、銃が仕舞ってある棚がある。真ん中にローテーブルが立てられている事から、その後ろに女が隠れているに違いない。


「無駄な抵抗を止めて、大人しくしなさい!」


 弓立がお決まりのセリフを口にするが、女から返って来たのは銃弾だった。

 デリンジャーと銃声が違う。デリンジャーは二連発だから、銃を変えたのだろう。


「おい。俺が行く。援護してくれ」


 弓立に声を掛け、了承を得る。弓立がS&Wを撃ち始めたのと同時に、シグを右手で構え盾代わりのローテーブルを掴んで投げた。

 その瞬間。むわぁっとした甘ったるい花の蜜みたいな香りが、鼻孔に入りこむ。

 嗅いだことのある、その嫌な臭い。俺は反射的にシグを撃っていた。

 しかし。

 獣の咆哮を連想させる叫び声は、先程の声とは大きく異なっている。

 運が悪い事に、女の体には九ミリの風穴は空いていない。舌打ちをし、跳びかかってきた女の首の後ろを掴んで、床にたたきつけた。

 女の肺からは空気が押し出されたようで、あの不快臭が顔に噴きつけられる。

 常人ならここで終わっていたが、この女はを服用している。

 その細い腕からは想像できない万力で、掴んでいた俺の腕を引きはがす。

 そして、目の前を飛び回る虫を追い払うように右腕を振り、左手で持っていた中国製の92式手槍拳銃をぶっ放した。

 壁、天井、ゴミの山に着弾するが俺と弓立には当たらない。

 涙と涎を垂れ流しながら、女はうわ言を吐き銃を持ってない方の手で、顔や頭を掻きむしる。

 眼鏡が顔から落ち、自身のその覚束ない足取りで踏み潰してしまう。

 もう、正常な判断が出来ていない。


「動くな!」


 警告こそするが、無駄だと自分がよく分かっている。

 女は雄叫びをあげて、俺達に背を向けた。


「待ちなさい!」


 弓立が飛び出す。俺も手を伸ばすが、寸での所で女の体は窓ガラスを突き破り、落ちて行く。

 

「クソッ!」


 女はトタンのアーケードを壊し、部品屋の軒先に墜落している。

 運が良いのが悪いのか、まだ生きていた。

 痛みと錯乱の残響が神経を撫で、不快感を生み出す。


「……下に降りるぞ」

「はい」


 彼女の実力がイマイチ分からない以上、流石に四階からの飛び降りを弓立に強要させられない。

 急いで下に降り、野次馬達を身分証で封じ込める。


「警察よ!」

「ちょっと退いてくれ」


 基盤やらなんやらがアスファルトの上に散らばり、トタンのの穴から日が差す。

 その光が女をスポットライトのように女を照らしていた。

 しかし、人の感動を与えるような姿ではない。

 左半身から着地したようで、怪我は左側に集中している。皮膚は裂け、肉や骨が露わになり血が地面や機械に染みていた。

 足の骨は折れ、あらぬ方向に曲がっている。

 額から血を流し、血走らせた目を飛び出さんばかりに見開いていた。

 そんな姿になってまでも、女は地面を這い銃を握り締めている。


「……観念しろ」


 俺は女の腕から銃をもぎ取り、弾倉と薬室に残った弾を抜く。


「手錠、必要ですか?」

「救急車を呼べ。……逃げらやしない」


 弾倉をポケットに入れる。すると、女はうろんな目で俺を見た。


「……こ、ろし、てやる……ころ、し」

「……お前に俺はどう見えてるんだ?」


 歩くことの出来ないその足で、彼女は一体どこへ行こうと言うのか。

 


 銃声がした段階で誰かが警察に通報していたようで、血相抱えた制服警官の応対は弓立に押し付け、駆け付けてきた矢上に事を報告する。

 

「……参りましたね」

「それはこっちのセリフだ」


 女の汚部屋から押収された小瓶からは薬物反応。銃が収められていたであろう棚は、数丁残しているだけ。

 残っているのも、あまり実用的だとは言えない銃だけだ。


「これは……トンプソンのコンテンダーですね」


 矢上はレバーを操作して、機関部を露わにする。弾を装填する一つの穴を見て俺は呟いた。


「単発式か。……使い勝手悪いなぁ」


 俺のシグは弾倉に十五発の九ミリパラ弾が入るが、その銃は5.56ミリ弾が一発だけしか入らない。

 威力はライフル弾の方が上だが、量は普通の拳銃の方が勝るだろう。

 他にも、イタリアのマテバ社の2006Mリボルバー拳銃など、どれも実用性より機能面を重視して色物になった銃ばかり棚から発見される。

 

「AKがいっぱい並んでるってのも怖いが、こうも珍妙な物ばかりだと気持ち悪い」

「もっともですね。……これ見てください」


 矢上は携帯の画面を見せる。パソコンの画面を直撮りした写真だ。

 通販サイトだが、商品は物騒極まれる物ばかり。


「女が運営していた、件のサイトです」

「……拳銃とサブマシンガンが主な商品か」


 矢上は画面に指を滑らし、画像を変える。


「商品欄の詳細です」

「……ベレッタ、グロック、S&Wまで選り取り見取りってことね」

「ええ。ですが、この部屋にはありません。大多数の銃器の行方が分かりません」

「サイトを解析したんなら、顧客情報とかないのか?」

「それは、あのパソコンのデータから洗い出すんです」


 ウン十万もするパソコンを指さす矢上。

 そのピカピカとした箱物と、あの無精な恰好をした女のアンバランスさが、何とも言えない不気味さと事の深さを暗に語っているように思えた。

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