重い銃弾

タヌキ

始まり

新宿駅爆破テロ未遂事件

 帰宅ラッシュで人々がごった返す新宿駅。

 久々の休暇を満喫した俺は、駐屯地の最寄り駅に行くために電車を乗り換えようとしていた。

 しかし久しぶりに来た新宿駅で迷子になりかけ、スマホ片手に右往左往ともう何度も繰り返している。

 時間を改札口の辺りをさまよって無駄使いしているうちに、諦めの感情が湧き出てくる。


「いっそのこと、タクシーでも拾うか……」


 ため息をつき、駅の出口へ歩き始めた。

 スーツ姿のサラリーマンやOL、学生が作る人波をかき分けながら歩いていると足に何かがぶつかった。


「ん?」


 視線を下に移すと、その先には小学生くらいの女の子がいた。俺の足とぶつかったせいか、尻餅をついている。


「ああ、ごめんよ」


 そう言ってしゃがみ込み、女の子と視線を合わせようとした。いつだか本で読んだ子供との接し方を思い出しての行動だ。

 尻餅をついたまま動かないので、「大丈夫かい?」と声をかけて『掴まって』の意を込めて手を差し出そうとした……が。

 手を伸ばし少女と目が合った。その瞬間、妙な感覚が俺を襲う。

 全身を巡る血液の温度が一気に下がり、腹の中身を締め付けられるような感覚だ。

 伸ばした腕を止め、もう一度女の子を見る。

 ゴムで縛った髪、某プリンセス達がプリントされた服、かわいらしい色をした少し大きめなリュックサック。

 上から順に見ていきリュックサックに観察眼を置いた瞬間、女の子は背後に手を動かし、拳銃を取り出した。


「っ!」


 反射的に拳銃を掴んで上に揚げた。女の子の握力なんかものともせず、取り上げることが出来た。

 拳銃はロシア製のマカロフ。安全装置は外れていた……つまり、引き金が引かれていたら、俺は死んでいたかもしれない……。

 武器を奪われ、呆然とする女の子。俺は片手でマカロフの安全装置を掛け、もう片方の手で女の子からリュックサックをはぎ取った。


「返して! 返して!」


 これまで一言も発さなかった女の子が大声で喚く。駅を歩いている人々も騒がしくなる。

 俺がリュックを見た瞬間、女の子は銃を向けて来た。そこまでしてでも、見られたくない何かがある。銃を持っている子供が背負っている物、自分が考え付く限りでは危険物以外思いつかなかった。

 きっと、周りからは子供から荷物を強奪した屑野郎とでも思われているんだろう。

 中には携帯のカメラをこちらに向ける者もいる。

 それでも構わず、リュックの中身を見た。

 デジタル表示のタイマーに空き缶をテープで何本も巻き付けた物が何個も詰まっていて、肥料の様な香りが鼻を突く。


「爆弾……?」


 しかも、タイマーは動いていて時間は五分しかない。もしも、これが殺傷力のある本物だったら大惨事になることは間違いない。

 急いで行動しなければ、最悪な事になる。


「おい! そこ! 何してる!」


 最悪なことに、警官が怒声を上げながらこっちに来る。事情を説明する暇はない。

 周りには野次馬が大量にいて壁を作っており、荷物を抱え逃げることは出来そうになかった。

 その時、手に持った拳銃が目に入った。

 警官は野次馬の壁を崩しながら、こちらに来ている。

 ……もう、やるしかない。

 持っていたマカロフの安全装置を外し、天井に向けて発砲する。

 そして、怒鳴る。


「近寄んじゃねぇ!」


 警官はピタリと止まり、野次馬達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 その混乱に乗じて俺は、警官達から背を向ける。

 時々、人とぶつかるが構わず見当をつけていた場所に走る。

 地下鉄へと続く階段を駆け下り、周りを見た。ちょうど電車が出発した直後らしく、人はあまりいなかった。

 息を切らし、女の子用のリュックサックを持つ俺を奇異の目で見ている人を避け、線路上にリュックサックを投げ捨てる。

 緊急停止ボタンを押し、電車が入ってくることを防ぐ。

 この時点で、約四分。ここもマカロフを撃つことでホームにいる人間全員を逃がした。


「おい! 何してんだ! 貴様!」


 しかし、追い付いてきた警官に取り押さえられてしまった。


「爆発すんぞ! 死にてぇのか!」

「なにぃ、お前爆弾でも持ってんのか!」

「違う! でも逃げろ! 爆弾が……」


 俺がそこまで言った瞬間、閃光が走った。

 耳をつんざく爆音と全身で感じる爆風、肌を刺す鉄片。

 五官全てで爆発を体感し、意識を失いかけた。

 舞い上がった埃が落ち着いた頃、目を開ける。

 ホームはすっかり変わり果て、元の状態なんか判らない程だった。

 俺を取り押さえていた警官もなんとか無事なようだ。

 気が抜けたような感覚と共に息を吐いた。


  警官に促され、地上に戻される。

 人々でごった返していた構内も、今は閑散としている。

 向こうから多数の制服警官や救急隊員が駆け寄って来た。


「大丈夫ですか?」


 警官の一人が、血が滲んでいる俺の腕を見て言う。


「ええ……俺は――」


 ここまで言いかけた瞬間。


「おい! ここに女の子が!」


 警官が叫び、数名の救急隊員が駆けていく。

 青色の制服達の輪に囲まれていたのは、変わり果てたあの少女だった。

 その胸には、ジャックナイフが突き立っており服や床は真っ赤な血で染まっていた。

 素人目にも判るくらい大量の血、明らかな致死量。

 開かれた今後一切、光が灯ることの無い濁った眼は真っ直ぐ俺を見ていた。

 

 その後、俺は警察に連行され事情聴取を受けることになった。鬼のような形相の刑事に怒鳴られるとおもったが、警官達の対応は思っていたより優しいものだった。

 防犯カメラ映像に銃を突き付けられた瞬間が映っていたり、騒ぎの時に携帯カメラで撮られた写真や動画、俺の証言からテロリストではない事が完全ではないが証明されたからだ。


「あの……俺は、どんな罪に問われるんですか」


 バインダーにメモを取る警官に聞く。


「ん? ああ、話を聞く限りでは、いろいろな刑罰は『緊急避難』で不問になる可能性が高いですね」


 緊急避難、この場合では女の子がテロを起こしていた時の被害と、俺が起こした被害では桁違いになる。それを未然に防いだとして、俺の犯した罪は帳消しになるということだ。


「そうですか……」


 パトカーの中からは、多数の緊急車両の赤色灯とマスコミ関係者を含む野次馬が見えた。一仕事終えたような疲労感と抱えきれない程の後悔や罪悪感が俺を包む。

 真っ白な床に広がる鮮血と、生気が消えた少女の目が脳裏にこびり付いて離れない。

 これから俺は、どうすればいいのか。

 誰も教えてくれない。


 けれど、この新宿駅爆破テロ未遂事件は今後俺に降りかかる事件の序章に過ぎなかった。

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