スカウト

 新宿駅での事件以来、俺を取り巻く状況は変わった。

 国家を揺るがしかねないテロを未然に防いだとして、警視総監賞を授与し階級も二等陸尉から一等陸尉に昇格。

 けれど、あの日駅で撮られた映像や写真が拡散され、何処からか俺の情報が漏れたらしく駐屯地の前にマスコミ各社が詰め寄る事態になったり。ワイドショーで、いくらテロを防いだとはいえ駅構内で拳銃を発砲した事や、少女に対し手荒な対応をした事を批判され、俺は駐屯地から出るのが難しくなってしまった。

 あの時少女は、自ら命を絶った。どうやら、失敗した時の自決用にナイフを持っていたようだ。

 俺は、あの事を同僚にいくら聞かれても答えるのを渋った。どこかに女の子に対する罪悪感のようなものがあったのかもしれない。

 事件直後の事情聴取で、俺は何故あの子がこんな蛮行に及んだかを聞いた。

 あの子の両親はとある新興宗教を信仰していた。その宗教の考えではこの世は穢れているから、私達のような人間が世界を救える……なんて他人が聞いたらアホらしい考えを真に受けた両親は、穢れなき天使とか言って手作りの爆弾と拳銃を娘に持たせ、浄化だかなんだかと言ってテロを起こそうとしたのだ。

 その捜査で俺と少女は何も関係が無く、百パーセント他人であることが証明されテロリストの汚名は消えた。

 警官からそんな話を聞いた時、それは魚の小骨のように俺の心に引っ掛かり、それは今もそのまま引っ掛かり続けている。


 いろんな気持ちが混じり合い、悶々としたままいつの間にか事件から半年が経とうとしていた。


 俺は一日の訓練を終え、夕食を食べに食堂に向かっていると、向こうから歩いて来たスーツ姿の男が俺に声を掛けた。


「赤沼浩史一等陸尉ですね」


 その声はどこか無機質でロボットのようにも聞こえた。


「はい、そうですけど……」

「お話がありますので、至急司令官室まで来てください」


 男はそれだけ言うと、背を向けて何処かに行ってしまった。

 不気味だが、至急と言われてしまったからには、素直に従うしかなかった。


 ノックをして司令官室に入る。

 部屋の中には、駐屯地司令官、先ほどのスーツ姿の男、そして壮年の外国人男性が向かい合ってソファーに座っている。

 部屋の空気は冷たく、「お話」の内容が決して楽しい事ではないことが窺える。

 俺が座るのを躊躇っているのを知ってか、司令官は「座りなさい」と空いている隣のスペースを軽く叩く。


「では……失礼します」


 上官の隣に座るのは気が引けるが、他に座る場所は無いし何より「座れ」と言われているのに、座らない方が失礼だろう。

 腰が引けながらも俺がソファーに腰かけると、スーツの男が口を開いた。


「ISS日本本部の矢上です」


 名刺をこちらに差し出す。それに続いて外国人の方も名刺を出し、流暢な日本語で自己紹介をする。


「ISSアメリカ本部のデニソンです」


 ISS……International Security Station、日本語だと国際治安維持局と訳されるそこは、五年前に世界平和を理念として設立された、何処の国や組織にも属さない完全独立組織。

 設立以来、某国の大臣やらCIAのエージェントなどを国際法違反や国家反逆罪などで投獄したり、某大国の政治家が未成年と淫行したことを国際的に晒したりと、逆に世界の平和を乱していることで悪い意味でも有名だ。

 日本も例外では無く、政治家や代議士の裏金工作や癒着問題などをかなり晒上げられたり。設立したばかりの頃、国会議員がISSに悪事を晒された怒りで国会の答弁で「独立愚連隊」と言い表されたりした。

 ……そんな人達が俺に何の用だ?


「どうも、ご丁寧にありがとうございます。赤沼です」


 作り笑顔で会釈をして挨拶を返す。既に司令官とは挨拶を済ませているようで、矢上はすぐに本題に入った。


「単刀直入に言います、今日私達が来たのは……赤沼浩史一尉、貴方をISSに招きたい」

「……はい? 俺を、スカウト?」

「ええ、貴方のご活躍は存じています。それに、自衛隊の中でもかなり能力が高いようですから、即戦力を求める私達にとって貴方は喉から手が出る程欲しい」


 相手の言いたい事は分かったが、こっちはそう簡単にイエスとは言えない。何てったって、相手は独立愚連隊で俺は自衛官。多少の興味はあるが、それだけだ。

 無言で反論の一つも言わない司令官を横目でチラリと見た。けれども、俯いたまま渋い顔をしている。俺がここに来る前に何か吹き込まれでもしたのだろう。自分も決めかねて押し黙っていると、矢上が口角を上げた。


「まぁ、貴方が決めかねる気持ちは分かりますよ……ああ、そうだ、司令官さん」

「……何ですか?」

「少し、席を外してください」


 矢上が発する、有無を言わさない圧。さすがの司令官も、何か言いたげに口を開くがその圧に負け、俺を一瞥し部屋を出た。


「あんた等、何もんなんだ?」


 心の底から出た本音に、デニソンが含みのある笑顔で返す。


「ただの、裏方ですよ」

「そうそう」


 矢上が同調するように頷く。少なくとも、数々の修羅場をくぐり抜けてきた漢を言葉一つで退場させる奴はただの人間、ましてや裏方で通じる訳がない。


「……司令官さんを外に出したのは、他でもありません。自衛隊……いや、国家に仕える人間には聞かせられない話をするからです」


 光が灯らない黒い瞳が俺を見据えた。

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