決断 救えるか否か

「俺も、自衛隊の人間ですよ」


 ひきつった笑みを貼り付け、からかうように言葉を絞り出すが声は掠れ、全く愉快さを感じなかった。


「存じてます。ですから、この話を聞いたら貴方は自衛隊にいられなくなります……つまり、話を聞くことはISSに入ること同義です」


 冷たく、鋭いその声は俺の恐怖心を煽るのには十分だった。

 思わず息を吞む。


「ああ、でも貴方には拒否権があります」


 挑発的な笑みを浮かべ、矢上は続けた。


「貴方の上官と同じ様に、そこにあるドアから外に出るだけです。そうすれば、私達は貴方がISSに入る事を拒否したと判断し、ここから立ち去ります。そうすれば貴方はまた、いつもの日常に戻ることができます……この国の防人さきもりとしてのね」

「……」

「決めるなら、今ここで決めてください」


 冷淡に言い放つと、矢上はソファーに体を預け腕時計を見た。

 ……矢上の言葉を真に受けるなら、ここが俺の大きな分かれ道となるだろう。冷たい汗が流れる。

 しかし、自衛隊にいられなくなる程の何かに、興味が湧いているのも事実。

 だが、全てを決める前に一つだけ聞いておきたいことがあった。


「でも……なんで、俺なんですか?他にも、優秀な人間なんてごまんといるでしょう」


 その問いに答えたのは、デニソンだった。


「これが気になったから」


 そう言って、脇に置いてあったブリーフケースから書類を何枚か取り出し、俺の目の前に差し出した。

 文章の一部に蛍光ペンでマークされている。俺はそこを見た。


   赤沼『変な感覚がしたんです』

 担当刑事『変な感覚というのは?』

   赤沼『(少し言いよどんで)悪寒……というか、寒気?』

 担当刑事『(溜息をついて)まぁいいや、それは……それでその後……』

   赤沼『あの女の子が、俺に銃を向けてきました……』

 担当刑事『なるほどねぇ……まるでバトル漫画みたいだな(軽く笑う)』

   赤沼『え?』

 担当刑事『いや、まあ、忘れてくれ……話それちゃったな、ハハッ』


 書類の上には『新宿爆破テロ未遂事件重要参考人「赤沼浩史」取り調べ記録』と印刷されている。


「これは……」


 警察の機密情報を軽く見せられ、困惑する。それに対し、矢上とデニソンは余裕の笑みを浮かべている。


「……矢上君、言っていいかな?」

「まぁ、これくらいなら言ってもいいですよ」

「……じゃあ赤沼君、ハッキリ言うけどね」


 デニソンは俺をしっかり見据え、口を開いた。


「君には、戦いの才能がある」


 飛び出してきた、想像しなかった言葉に開いた口が塞がらない。


「君は、人よりも危機察知能力に長けているんだ……と言っても、まだまだ未熟だけどね」

「時代劇とか見たかとあるかい? よく手練れの侍なんかがすぐそこまで迫った敵の殺気を感じ、刀を抜く。格闘技なんかでもよく、相手の『気』を読むなんて言うだろうそれだよ、君の危機察知能力は」

「おそらくは、平和なこの国で過ごしている中に貴方のその能力は鈍化していた。しかし、自衛隊という職に就いたせいでその能力がゆっくりと目覚めていった。それがあの新宿駅での事件で頭角を現した」

「私達は、恐れているんだ。君のその能力が、またこの国で眠りについてしまうのを」

「貴方のその能力は、戦いに身を置いて覚醒する。戦争……戦う事を放棄し、牙の抜かれたこの国では宝の持ち腐れなんてもんじゃない」

「この世界には戦う事でしか救えない人間もいます。募金や善意で救える人間なんてごく少数しかいない。戦い、触れ、知る。それでやっと、一歩を踏み出せる人間もいます」


 先程までの軽い口調を忘れたとしか思えない後半の強い口調。


「……これ以上は、言えません。ここから先は、世界の裏側を知る覚悟が必要です」


 絞り出すように言うと、矢上もデニソンもそれ以上何も言わず、ただ戸惑う事しかできない俺を見つめた。頭の中に様々な思いが渦潮の如く、混ざり合い、荒波を立てて広がっている。

 大学を卒業後、自衛官への道を志し幹部自衛官として色々な事を経験してきた。

 だが、この国日本で本当に世界の裏側、自分の手の届かない所にいる人を救う事なんて、一生出来ないかもしれない。

 

「俺に、何が……出来ますか?」


 俺は俯いたままポツリと呟く。


「俺は、誰かを救えますか?」


 膝の上に置いた握り拳に力を入れる。俺の脳裏に、あの出来事がフラッシュバックする。自分の心に今もこびりつく光景がありありと映し出される。


 人混みの中で銃を向けて来た女の子、ホームの爆発の跡。


 事件こそ解決したが、自分の中では未だに引っかかっている。

 俺がリュックサックを奪い取った時の「返して」という叫び。あの子は自身の意思とは関係なく、テロの実行犯になっているのに何故起こそうとしたのか。

 大人だ。

 子にとって大人は絶対、それを利用した。逆らえないことを知っているから。

 あの子の両親が幼い我が子を、身勝手な理由で人生を歪めた。

 もう二度と、あの子は日の元を歩けなくなったのだ。

 その日に会った女の子に対して、本気になってどうする?そんな気持ちも確かにあった。

 自衛隊の仕事の範囲ではないことは知っている。

 けれども、どうしようもないくらい腹が立つ。

 救える力を持っているのに、何もできない自分に腹が立つ。


「答えてくれ……俺は、誰かを救えるかを……」


 自分でも気付かない内に本音を口にし、睨むようにして目の前にいる二人を見ていた。

 そんな俺を見て、二人は顔を合わせ同時に頷く。


「……貴方なら、救える。それは能力関係なしに、万人が出来ることです。でも、それには『絶対に救う』という意思が必要です。貴方には、その意志があると信じています。しかし、その意志を貫くには『戦う覚悟』も必要です」


 その言葉は、脳内の荒波を沈めた。

 覚悟を決め深呼吸を一つ、そしてゆっくり、ハッキリと言った。


「ISSに入る」


 暫くの沈黙の後、矢上が口火を切った。


「嘘では、ないね……後戻りはできないよ」

「腹くくりました、話してください。俺は誰を救えるんですか?」


 半分自棄で半分本音の言葉を真っ直ぐぶつける。

 一呼吸置き、矢上は俺を見据えて言った。


「わかりました……単刀直入に言いましょう。この世界は崩壊寸前、近い将来この国日本も滅ぶ。貴方には世界を救う手助けをして欲しい」

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