親殺し

 立川の本部前は荒れに荒れていた。

 正面玄関には、黒焦げの大型トラック。駐車場もぐちゃぐちゃ、本部の建物も五階部分が派手に荒らされている。

 ニュースで見た、中東の紛争地域に建つ病院を思い出す。

 周囲を歩き回る迷彩服の自衛隊員達のせいで、その雰囲気が加速している。

 ISS局員達は皆、路上にテントを張りその中で仕事をしていた。

 その中から見知った金髪、ショートからショートボブになりかけの髪を見つける。


「……マリア」


 彼女は俺の姿を確認すると、表情を作る前に俺の胸に飛び込んできた。


「……生きてる」

「勝手に殺すんじゃねぇよ。……アホ」


 肩の辺りが生温かくなる。


「……泣いてるのか?」

「………………」

「悪い。……正直言って、うん……俺が悪い」


 自分の語彙の無さを恨むと共に、自分の情けなさに嫌気がさしてくる。


「……嬉しかったし、悲しかった」

「……そうか」


 マリアの言葉を受け取り、その言葉を噛み締めた。

 でも、傷つくのは本当に見たくなった。

 女々しいかもしれないが、それが紛れも無い本心だ。


「次は、私も連れてって」

「ああ」


 今度は俺がマリアを抱きしめようとしたが。


「……赤沼さん」


 凄味が漂う笑顔でこちらに近づいてくる矢上。俺も流石に、そんな顔した奴の前でいちゃつける心臓は持ってない。

 それはマリアも同じ様で、すぐに彼に向き直る。


「まずは、お疲れ様です」

「……どうも」

「それじゃあ、早速……」


 労いの言葉もそこそこに、矢上はタブレット端末をこちらに差し出した。

 それには、真っ二つになったM727の画像が映っている。


「この銃は、20ミリガトリング砲の直撃を喰らったんです」

「そりゃあ……」


 機関部から銃床にかけて血が付いており、戦いの物々しさが伝わっている。


「この銃を使っていたのは、弓立涼子でした」

「……死体は?」

「ありませんでした。……一応、銃に付いてる血は女の物らしいですけどね」

「負傷はしたのか」


 もう一度、五階の方を見る。激しい戦闘の跡が色濃く残っていた。……というか、あの状況で無傷でいる方がおかしい。

 なんだかんだ言っても、あの馬鹿も人間なんだ。

 改めて、そう思った。



 三鷹市。某マンション。

 ユダチリョウコと名乗った女の脇腹は、血で染まっていた。

 腕にも擦過傷などが出来ていて、シャツを血液や煤が汚している。

 顔や額には汗が滲み髪が貼り付いていて、浅い呼吸を繰り返していた。

 背負っている長物の銃のせいで、戦場帰りの兵隊を彷彿とさせる。

 扉を開けた娘は突然の来客に驚き竦んでいたが、奥から出てきた父親は冷静に応対した。


「急患か」

「……ワン 立祥リーシャンね?」


 王と呼ばれた中国人は、四十の山を過ぎた男で髪は黒と白髪が交じった灰色だった。優に百キロはありそうな巨体だったが、のろまな印象は無くむしろ器用そうな印象を与える顔をしている。


「ああ。……そうダ」

「道具を……貸してくれる……?」

「俺ガ治療するゾ」

「………………」

「分かったワカッタ。……とりあエズ、入レ。軒先で死なれちゃ困ル」


 弓立が部屋の中に入ると、娘は周囲に人気が無い事を確認してからゆっくりと扉を閉める。

 扉には『王整体院』と印字された看板が掛けられていた。

 

「……施術室は?」


 部屋に入るなり、弓立は王に尋ねる。


「真っ直ぐ行って、トイレの隣」


 父親より流暢な日本語を操る娘が答えた。


「道具取ってくる」


 娘の言葉に頷き、王は弓立を案内する。十畳ほどの部屋にはベッドが一つ置かれており、本棚には整体関係の本と医学の本が半々で仕舞われている。

 

「銃置いて、ソコ座れ」


 ベッドを指さし、王は洗面所に向かった。手を洗う為だ。

 入れ違う様にして、娘がステンレス製のバットに手術道具を入れて持って来た。


「……アナタ、殺し屋?」


 好奇心か事務処理か分からない、淡々とした態度で娘は聞く。


「……そんな事もしてる。“便利屋”って……仕事上では、名乗ってる」

「そう……」


 さほど興味は沸かなかったようで、弓立が座るのを補助すると早々に部屋から立ち去る。

 散弾銃は脇の壁に立てかけておき、弓立はボンヤリと天井を眺めていた。

 

「待たせたナ」


 マッシュルームの傘みたいな帽子に、ビニール製の割烹着みたいな物を着た王が入ってくる。


「……自分でやるって言ったのに」

「まぁそう言うナ、話ハ傷ヲ見てからダ」

「………………」


 弓立は王に対して、凄んでみせるが王はどこ吹く風だ。


「見せロ」


 そう言われ、渋々弓立は手を傷から退けた。

 血は止まっているがその傷は前の方から斜めに深く走っており、内臓がこぼれていないのが不思議なくらいだ。


「何デやられタ? ……何トやりあっタ?」

「AH-1攻撃ヘリ」

「……豪胆ダナ。でも、このくらいだったラ……自分で出来るナ」


 道具入りのバットを弓立の方に寄せる。彼女は針と医療用糸を手に取ると、針に糸を通しまずは筋肉の方を縫い始めた。

 麻酔無しで縫い始めた事に、王は少し眉根を寄せると共にどこか慣れた手付きに舌を巻いた。

 

「随分、慣レてるじゃないカ」

「……父親に教わったわ」

「なんだ、俺ト同じダ。俺も娘ニ、色々教えてル」

「……医学だけじゃない。人の殺し方から、箸の持ち方まで、父に教わった」

「……ツマリ、師匠と言うべき存在だナ。父親という名ノ」

「そうね」

「……痛くないのカ? いつも来るヤクザは、かすり傷デモ痛い痛い言っテ大騒ぎするのニ」

「痛みは忘れたわ。……母親を殺した時に」


 その発言は、王の視線を弓立に固定させるには十分だった。

 この中国人の闇医者だって、散々茨の道を歩いて来て親を泣かせてきた。

 しかし、親殺しというのはどの世界……ヤクザだろうがカタギだろうが子供だろうが大人だろうが関係なく、大罪にあたる。

 地獄に落ちるとか、そんな単純な話ではない。


「……ソウカ」


 王はそれだけ呻くように言うと、弓立の手付きを黙って見ていた。

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