一先ずの安心

 バリケードを駆使して、祖国の盾の攻撃を防いできたがそれも限界になる。


「手榴弾!」


 M61手榴弾がいくつも投げ込まれ、私達は近くの部屋に飛び込んだ。破片や煙が流れ込んでくるが、それに構っていられない。

 下手に飛び込んだのが仇になった。

 この部屋の出入り口は一つ。そして、そこには弓立涼子率いる祖国の盾構成員達が立っている。

 ……デッドエンドだ。


「袋のネズミね」


 アサルトライフルを構えるユダチは、心底楽しそうにそう言った。


「やっぱり、アンタ弱いわね。……さっきの爆弾の時は、少し驚いたけどそれだけね」

「……涼子、アンタ自分が何やってるか分かってるの?」


 クサナギが説得を試みるが。


「気安く声かけないでくれます。……草薙せ・ん・ぱ・い」


 この状況じゃ、聞ける話も聞くはずがない。人間というのは、圧倒的に有利な状況にいると簡単に他人を蔑ろに出来るものだ。


「……弓立さん。投降してくれませんかね」


 ヤガミが投降を促した。勿論、結果は彼女からの嘲笑だ。


「貴方は?」

「これは失礼。私、日本ISS本部強襲係主任の矢上と申します」

「……へぇ」

「……もう一度言います。武器を捨て、投降してください」

「何寝ぼけた事を言ってるの? そのチャチな拳銃で立ち向かおうとしているの?」


 ヤガミは自身のSCRAは弾切れになって以来、サイドアームのUSPコンパクトを使用している。

 それに比べ、ユダチが持っているのは5.56ミリのアサルトライフルだ。おまけに12ゲージのショットガンも背負っている。


「……まさか、九ミリ弾で貴方達を倒そうなんて考えてません」


 危機的状況でも関わらず、ヤガミは不敵な笑みを浮かべていた。


「じゃあ、何で私達を倒してみせるの?」


 ユダチの問いに、ヤガミは耳に付けていたを外しこう言った。


「20ミリガトリング砲ですよ」


 すると、ヘリのローター音が徐々に近づいて来た。

 振り向くと、窓の外には迷彩柄に塗装された攻撃ヘリがホバリングしている。

 機体の下には黒々としたガトリング砲の銃身が付いており、銃口はこちらを向いている。


「先程、陸自の方に連絡して、本部に向かって射撃しても構わないと言いました」


 彼の意図を察し、クサナギに覆い被さるようにして私は伏せた。


「撃ってください!」


 ヤガミがインカムに向かって叫ぶ。

 それから、一拍おいてガトリング砲が唸りをあげた。



 新宿区。国道20号線上空。

 一機のコブラが、大型トラックに向かってハイドラを撃った。

 二発のロケット弾は荷台部分に命中し、中に居た構成員達と武器弾薬、爆薬の類を吹き飛ばした。

 もう一機のコブラは、ヘリの攻撃から逃れようとする構成員達を狙いガトリング砲を撃つ。

 金色の薬莢がアスファルトに落ちていく。

 その戦力差は圧倒的。

 構成員達はなすすべなく、粉微塵になりながら地面に伏していった。

 五分もしない内に決着が着く。

 コブラが去った後には、黒焦げになりながらもまだ微かに燃えている大型トラックの残骸と、人間の形を保っていない死体か辛うじて生きている者だけが残された。



 新宿中央公園内。指揮テント。

 リアルタイムで送られてきた映像は、見る者の口をこじ開けるには十分な威力を持っていた。

 それこそ、戦争映画のワンシーンみたいな。

 リアリティはあるがどこかフィクションじみてる。そんな印象を、俺は抱いた。

 そして、腹の中が気持ち悪くなる。

 グロテスクな死体を見たからじゃない。もっと、抽象的なものだ。

 汚泥の底から何者かが現れた様な、そんな感じを映像から感じ取った。

 本能……生理的嫌悪とでも言うか。

 

「……狂気だ」


 俺はそう思った。これが、戦闘における狂気の一端なのだと。

 同じ映像を見ている隊員達も、顔を青く染めている。中には口元を押さえて、テントを出て行く。

 無理もない。

 

『こちら牡丹2。テロリスト集団の全滅を確認。オクレ』


 ヘリからの連絡は妙に淡々としており、それが狂気を加速させているようにも思える。

 だが。


「……ひとまずは、落ち着いたか」


 それだけがこの状況で口にできる、唯一の救いだった。

 立ち上がり、テントから出る。

 相変わらず空は暗雲が覆っていた。


『――ちら、立川駐屯地。ザザッ……テロリスト達の壊滅を確認。……ただし、約一名現場から逃走との情報有り。至急応援願う』


 ――そんな不穏な無線が入ったのは、みぞれが降り始めた時だった。

 嫌な予感がする。

 ……立川にもコブラが行ったはず。運のいい、構成員の一人が逃げおせたのか?

 比較的マシな考えを浮かべようとするが、どうにも浮かぶのはあの馬鹿女の顔だった。

 鋭く研がれたレイピアの様な目。心臓に突き刺され、そのまま抉り出されそうな光。

 それによく似た目を知っている。

 数か月前。デンバー国際空港のガラスに映った、俺の眼だった。

 

「……心に宿る狼、か」


 弓立の声をかき消すように、俺は頭を振る。

 それから立川に戻るヘリに乗せてもらい、ISS本部に戻る事にした。

 上空から見るトラックは、まだ黒煙を上げている。

 ……煙が目に染みる。

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