11月17日午後4時49分~午後5時
『――航空152便。ロサンゼルス空港行きの搭乗手続きを、開始します』
アナウンスが流れた。先程売店で買ったサングラスのレンズを光らせる。飛行機に乗るにあたって、少し変装することにした。
向こうの空港で待ち伏せされてるとも限らないし、何処かにバレてたとしても多数存在する敵集団の一つぐらいは誤魔化せるはず。
……と言ってもこうした建前の裏には、緊張しているより雰囲気を変えちょっとでも落ち着けるようにした方がいいと思ったからだ。
ガラスが入った伊達眼鏡を指で押し上げ、さり気なく辺りを見渡しているのはマリアだ。煙草が吸えないせいか、少し苛ついているように見える。
ハリーはニューヨークヤンキースのキャップを目深に被っているが、いつもは身に着けない物で落ち着かないのか何度も被り直している。
シルヴィアは『I am American』とプリントされたTシャツを着て、携帯でニュースサイトを見ていた。
そして博士は……この中で劇的に変化した。
白衣や無頓着で不格好なセーターやジーンズを、新品の物に変え俺のMA-1を貸した。
本人は緊張しているが、パッと見は博士だと分からずただの浮かれてる観光客に見える……はずだ。
俺達の眼鏡や服は全てここで買ったので、土産物を浮かれて身に着けた若者集団に見える……はず。
効果のほどが分からないので全て憶測なのが悔やまれる。
「……行こうぜ」
全員に声を掛け、椅子から立ち上がった。周囲に目を光らせながら金属探知ゲートの方に向かう。
さり気なく博士を守り観光客を装った。
人の流れに紛れるが、その流れから襲われないとも限らないのが現状だ。
「おっかねぇなぁ……」
「恐れていてもしょうがないでしょ」
「……それもそうだな」
保安検査とゲートを進み、何の問題も無く飛行機に乗れた。窓際に博士を座らせ、隠すように俺達も座った。
「恐れていてもしょうがない、か……」
相棒をチラリと見た。マリアが視線に気が付き俺の方を見た。
「何?」
「いや、なんでもない」
固まっていた表情をほぐし、俺は休憩の為目を瞑った。
同時刻 ISSアメリカ本部総務部 総務部長オフィス
テレビのニュース番組に映っているのは、携帯カメラで撮られた動画だ。高速を走っているらしく、友人か家族と談笑している声が入る。
10秒程経つと、目の前は走るバンからマズルフラッシュが光った。連発する銃声がした。
「なんてこった!」
撮影者らしき男性が叫ぶ。
その後、ヘリコプターで撮影された物に切り替わる。
放置された車の隙間に人が倒れている。カメラがズームし、警官がシートでそれを包んだ様子が画面いっぱいに映った。
場面はスタジオに移り、キャスターが口を開く。
『お昼頃。ニューヨーク近郊の高速道路でテロが発生しました。警察当局の発表によりますと、実行犯は五人組で、自動小銃で武装していた模様です。尚、犯人達は警察隊に射殺されました。いまだにテログループからの犯行声明は出ておらず、警察では実行グループの身元特定を急いでいます。この犯行による怪我人は民間人に五名、警官に九名、死者はいない模様です。』
『この他にも、ニューヨーク理科大学やワシントン付近でも発砲事件が発生しており、市民の間にも緊張が走っています』
別のチャンネルでも、大して変わりの無い内容を放映している。ISS総務部長はテレビの電源を消した。
「頑張ってるみたいだね」
扉に寄り掛かった、強襲係係長デニソン・マッテンはどことなく愉快そうに笑った。
「だが、結果はまだ出てない」
「まぁね」
「……何をしている?」
「ちょっと書類を届けに」
昔から変わらない飄々とした態度、呆れつつも尊敬に似た感情を抱く。
「……でもまぁ。あの子達ならやってくれるでしょ」
自信満々。その言葉が似合う。
「……そうだな」
「じゃあ僕、仕事してくるから」
デニソンは鼻歌を歌いながら、扉を閉めていった。外の喧騒が薄い霧の様に立ち込め始めた頃、机の上の電話が鳴った。
キッチリ三コールで受話器を取った。
「私だ」
『部長。CIAのジョン・スミスさんからです』
「繋いでくれ」
『かしこまりました』
ブツッと音がし、男が出た。
『もしもし。
「ああ。CIAの透明人間さんですか。相変わらずご丁寧な報道管制ですね」
『んなことどうでもいい。……電話したのは他でもない。忠告をしたいと思う』
「随分と親切な対応ですね」
『俺だってこんな事したかないが、俺の上司の命令でね。……俺には
「その言葉から考えるに、貴方が持つ情報は私達や貴方達、いや、アメリカの利益になりえると?」
『知るか。俺はただテメェに情報を流せと命令されただけだ。上が本当に我が国の事を考えているかなんて、超能力者でもない限り分かるはずがない』
「……それもそうですね。では、用件を聞きましょう」
『ああ。……ロシアの秘密部隊が動いた。遊撃隊と言うらしい』
「遊撃隊……」
聞いた事はある。たしか、アフガン帰りの精鋭達が集結しているとか。
『しかし、遊撃隊のメンバーの情報が少ない。唯一ある情報がアフガン帰りなんて、古すぎるし……胡散臭い』
その指摘はもっともだ。ソ連がアフガンから撤退したのは、旧世紀の出来事だ。
若くても五十代、下手すれば九十近い。
『遊撃隊の情報は皆無と言っていい。それに、中国の人民解放軍第七四特別作戦隊に、北の戦闘工作員達がアジトを出たとの情報もあるな』
「本気だな。……CIAは何か秘密兵器を出すのかい?」
『敵に手の内を明かせとは言われてない』
「それもそうだ。……早速部下に報告させてもらうよ」
『上司はこれを貸しだと思っていない。だからお返しはいらないからな』
そう言ったジョンは電話を切った。受話器を置くと、息を吐き出した。
おそらく、CIAは露・中・北の精鋭達を私達ISSに戦わせたいのだろう。じゃなきゃ、こんな情報はわざわざ教えないはずだ。
敵の敵は味方なんて甘い世界じゃない。目障りな敵は潰せるうちに潰すに限る。
だが、自らの駒を使わず他人の駒でその敵を潰せるなんて願ってもない機会に違いない。だから、情報をうちに流した。
もちろん護衛をする上で敵の襲撃の事を考えるのは、至極真っ当な思考回路だが、不確定要素に割ける力は人間そう多くは持ち合わせてはいない。
しかし必ず敵が仕掛けてくることが分かっていれば、有利に立てるパターンもある。
それに、万が一うちが負けてもCIAは博士を手に入れるチャンスを獲得するだけだ。
けれども。
「……あの四人ならやってくれるか」
太陽は西の方に傾きかけていた。
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