裏切り

 ありがたいことに、M61破片手榴弾がベルトに吊るされていた。

 それを拝借して、迫ってきている二人の襲撃者に向けて投げる。

 銃を背負い、背を低くしてその場を離脱する。

 体に染みついたその動きで、クリアリングしながら駐車場に走しった。

 後ろから爆発音。銃声や悲鳴は無い。無事離脱出来るか。

 だが。

 

「いつの間に……」


 駐車場にはトラックが二台停まっており、その隣にはやはりAA-12を持つ奴らがいた。

 スカイラインやデリカはトラックの向こう側にある。


「マジでまずい事になったな」


 舌打ちをし、コンテナの間を使ったゲリラ戦を想定した。

 が、予想外の事が起きた。

 金属音がしたと思ったら、俺の目の前に黒いレインコートを着た何者かが上から降ってきたのだ。

 寒気を感じると共に、俺はサプレッサー付きの銃口を見た。

 俺は咄嗟にその襲撃者の腰にタックルする。

 少しバランスが崩れた隙を逃さず、AA-12を乱射した。

 十二ゲージの散弾がばら撒かれるが、身軽な動きで襲撃者はそれを避け、俺から遠ざかっていく。

 俺も襲撃者から距離を取るが、今度は迷彩服の集団とかち合う。

 出会い頭に引き金を引き、相手の腹や肩に散弾を当てた。

 だが、腹に弾が当たった奴は血は出ていない。防弾チョッキでも着ているのだろう。


「クソッ!」


 弾が切れたAA-12を放り、戦闘不能な奴から新しいAA-12を奪い取る。

 またその場を離れて、不意打ちを狙おうとしたが。

 コンテナの上から飛び降りてきた、黒いレインコートに意識を集中せざる負えなくなった。

 さっきも、こうして俺を襲ったに違いない。

 片手で持つは、H&K社製のMark23拳銃。

 米軍の特殊部隊用に作成されたそれは、四十五口径でサプレッサーを付けやすいように、銃口がネジ型に切られている。

 刑事三人を血祭りにあげた凶器の特徴と一致する。


「……………………」


 俺が唾を飲みこんだ瞬間、寒気が末端まで走った。

 銃口が向く方から体を動かし、弾を避ける。更に、襲撃者は懐からゴツイ軍用ナイフを出して斬撃を繰り出す。

 AA-12を盾にして、俺はそれを退けるがかなりギリギリだった。

 散弾銃を押しつける様にして、少しでも間合いを開ける。

 俺はシグを抜こうとしたが、その動きに反応して襲撃者はナイフを振るってきた。

 ナイフを持つ手を掴む。

 ところが、今度はMark23を後頭部に突き付けられる。

 慌てず、目の前にある襲撃者の頭に頭突きをお見舞いし、相手が怯んだと同時にMark23を振り落とす。

 襲撃者は俺を突き飛ばしてナイフの刃で腕を撫でた。

 鋭い痛みが走るが、落ちた拳銃を拾い上げて襲撃者に向ける。

 しかし。


「動くな!」


 俺と襲撃者の前後は銃を構えた迷彩服の集団に阻まれ、その両脇はコンテナ。

 完全に囲まれていた。

 襲撃者一人に構いすぎた。この状況を避けるために、移動を繰り返していたのだが。


「銃を捨てろ。赤沼浩史」


 舌打ちをして、俺はMark23をアスファルトの上に置く。

 迷彩集団の中から、隊長格らしき男が現れ拳銃を拾った。

 そいつは睨む俺を一瞥し、襲撃者に頭を下げた。


「ありがとうございます」

「いえ。別に」


 聞き覚えのある。……つい最近も聞いた声が、レインコートの中から発せられる。


「テメェ……」


 呼び方を苗字呼びから、大きく変えた。

 襲撃者はレインコートのフードを首の後ろに戻す。その素顔が冬空の下に晒される。

 ――弓立涼子。

 襲撃者の正体は、弓立だった。

 理解は出来ないが、納得は出来る。県警の刑事が殺され、彼女は姿を消していた。

 答えは簡単。

 彼女が刑事を殺したからだ。


「ごめんね。赤沼さん」


 弓立は馴れ馴れしく俺の名前を口にして、赤い舌をチロリと出した。


「テメェ……自分が何してんのか分かってんのか?」

「勿論――」


 彼女は拳銃を返してもらい、レインコートの前を開ける。

 鷲の彫刻が施されたバックルが特徴のベルトには、ホルスターと鞘が着けられていた。

 更に足首にはS&W M36が固定されている。バックアップガンだろう。


「――お仕事ですよ」


 弓立はしゃがみ込んで、とびきりの笑顔を俺の顔面に寄せる。


「大人しくしてれば、これ以上の怪我はさせません」


 視線が腕の傷に向く。


「私の雇い主の方から“殺すな”と命じられているので。……なんで、抵抗すれば口がきけない程度には痛めつけます」


 弓立の指が傷をなぞる。痛みが腕全体に伝わり、涙が滲む。


「いいですね?」


 その言葉に、俺は顔を背けた。

 次の瞬間。左腕に電流が走った。

 実際に電流が走った訳じゃない。そうと脳が錯覚するほどの痛みが、左腕からきたのだ。

 滲む視界で俺は自分の腕を見る。

 弓立の指先が、俺の腕の中に入り込んでいた。


「い・い・で・す・ね?」


 一字一句区切って、同じことを言われる。

 俺は頷いた。

 指が引き抜かれ、その箇所を反対の手で押さえる。


「安心してください。神経や骨は傷付けてません。痕は残るかもしれませんが、機能は変わりありませんよ」


 そう言って、弓立は指に付着した俺の血液を美味しそうに舐めとった。

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