戦士の心得

 拳銃。予備弾倉。携帯。財布。身分証。

 所持品全てを弓立に奪われ、車に押し込められる。

 車には、自衛隊の制服を着た男女が二人乗っていた。

 迷彩服3型。88式鉄帽。

 迷彩服の集団が装備していた物は、全て自衛隊が採用している。

 あの集団だけだったら、完成度の高いコスプレ集団だと自分を誤魔化せたのに。

 コイツ等を見た瞬間。否応にも、自衛隊もしくは防衛省の関与を認めざる負えなかった。

 悔しさ。悲しさ。憎しみ。疑問。

 とめどなく溢れて来る感情が、一周回って自分の頭を冷静にさせた。


「腕、出してください」


 後部座席、俺の右隣に座る女が言う。名札には『陸上自衛隊 黒坂』とある。

 膝の上には救急箱が乗っていた。

 俺は素直に腕を差し出した。

 後頭部には銃が当てられている。しかも、銃は俺のシグだ。

 それを握る弓立は、この上なく嬉しそうに見える。

 抵抗したら、俺は間違いなく自分の銃で我が身を傷つけられるのだ。

 黒坂が俺の手に包帯を巻いている間、俺は映画のワンシーンを思い出していた。

 あれは……ランボー怒りの脱出だったか。

 中盤。ランボーが敵に捕まり、拷問を受けるシーンがある。

 肥溜めの中に肩まで沈められたり、電流責めにされたり……愛用のナイフでいたぶられたり。

 あの時のランボーと、自分が被った。

 でも、あの後ランボーは助けてもらったが……今の俺は孤立無援だ。

 M60で蜂の巣なんて、夢のまた夢に違いない。


「このまま、安静にしてたら治りますよ。……安静にしてたら、ですけど」


 不穏な事を言って、黒坂は俺に微笑みかけた。

 スモークが貼られた窓からは、外の景色は満足に見れずぼんやりとした建物の輪郭が流れていく。

 声を張り上げても、外に声が伝わる事は無いだろう。

 助けを外部に求める事は、一旦やめよう。

 もう一度、車内を見渡す。

 バックミラー越しに運転手の名札が見えた。『陸上自衛隊 中田』とあり、階級は三等陸尉。

 短く黒髪を刈り込み、目は細い。

 視線を黒坂に戻し、階級章を確認する。

 彼女は准陸尉。

 肩甲骨まで髪を伸ばしている。

 今度は視線を自分の手元に移す。

 左腕は肘の下から斜めに傷が走っており、包帯が巻いてある。手を握ったり、開いたりを繰り返す。

 弓立の言う通り、神経や骨はイカレていないようだ。

 右腕は無傷。絶好調だ。

 足も胴体も無事。

 武器を持っているのを確認出来たのは弓立だけ。中田も黒坂も持っている可能性が高いけれど、抜くには少し時間が掛かるだろう。

 つまり……弓立さえどうにかすれば、なんとかなるかもしれない。


「赤沼さん」


 弓立に名を呼ばれる。


「こんな状況に置かれても、まだ抵抗する事を考えているんですね」


 その言葉を耳元で囁かれ、俺は思わず動揺してしまう。

 超能力者かよ。そう、心の中で吐き捨てた。

 俺の反応を見て、弓立は心底嬉しそうに笑った。

 ほんの少しだけシグの銃口を当てる力が、緩んだ気がする。


「抵抗してもいいですけど……今度は、両肩と両足を撃ち抜いて、ダルマにしますよ」

「……それは怖いな。気ぃつけるよ」


 港では、痛みで気が弱くなっていたが幾分か落ち着くとまた戦う意思が湧いて来た。

 狭い車内。どう出るか。

 頭を回している内に、車は静岡駅の近くに来ていた。

 そして、ある料亭の前で停まった。

 中田が身を乗り出し、黒坂に指示する。


「コイツを、斎藤一佐の所へ連れて行け。俺は車を停めてくる」

「はい」


 中田は俺の方を見て、ニタニタと笑った。


「精々、大人しくしてろよ。死にたくないだろう?」


 俺も笑い返す。


「面白い冗談だな。自衛隊辞めて、吉本にでも入ったらどうだ?」


 沸点が低いのか、言い返されたのが気に喰わなかったのか、中田は俺の胸倉を掴んだ。


「調子乗ってんじゃねぇぞ」


 ドスを効かせたつもりだろうが、こっちだって伊達に八年自衛官やってない。


「ほざけ三下。せめて、佐官になってからモノ言いやがれ」


 自衛官じゃないから、何の権限も階級も無いのだが中田は俺のそのセリフにあっさりと下がった。

 言い負かしたのもあり、今の俺は調子を取り戻しつつある。

 黒坂から順に車を降りた。

 銃口は後頭部から背中に移動し、丁度心臓の真後ろに当てられている。


「……赤沼さん」


 弓立が口を開く。


「逃げようなんて考えないでくださいね。……もし、逃げたりなんかしたら」

「どうなる?」

「無差別に殺します。赤沼さんじゃなくて、道行く人を」


 平日の昼間とは言え、中心街のど真ん中だ。人通りは欠かさない。


「赤沼さんが逃げたせいで――貴方が逃げたせいで、何の罪も無い人々が死ぬんですよ。それも……自分の銃で」


 それが銃口だと分かるくらい強く、背中に押し当てられる。


「腕はいいですからね。苦しまずに殺しますよ。……それが、唯一の救いですが」


 声が、遊園地に遊びに来た子供みたいにはしゃいでいる。

 俺はそんな挑発に乗らず、冷静に返した。


「前、似たようなこと言って脅してきた奴がいたよ」

「へぇ……それで?」

「そいつはどうなったと思う?」

「……分かりませんよ、そんな事」

「消毒用アルコールでレアにした後、頭をぶち抜いてやった」

「……………………へぇ」


 余計なお喋りは終わりだ、と銃口で背中を押される。

 ……自分で言っておいてナンだが、死者の事をあんまり言うのは精神衛生上良くない。

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