11月18日午前3時59分~午前4時35分
モーテルの階段周りには、男が十人立っていた。本来ならば、管理人の目に触れ料金を払うか出て行くか尋ねられるだろうが、管理人は首に通った頸動脈を切られ息絶えている。
苦悶の表情ではなく、驚いた顔をしていることから痛みを感じる前に絶命をしたのだろう。
その哀れで幸運な管理人の前に立つ女は、鮮血が滴るナイフを管理人のシャツで拭い。太ももに装着したホルダーに仕舞った。
カウンターから身を乗り出し、階段に立つ男達にハンドサインで『突入せよ』と指示する。
男達は手にしているのは、イスラエル製ミニUZI。サプレッサー、フラッシュライトと半世紀前の安価なサブマシンガンとは簡単に言えないような改造が施されていた。
先頭に居た男二人が、捕獲対象と殺害対象がいる部屋のドアに手を掛ける。
ドアノブには『起こさないでください』と書かれた札が、引っ掛けられていた。
そして、二人揃ってドアを蹴破り後続が突入した。その動きは洗練されており、何度も訓練してきたことが伺えた。
けれども、男達の目的は何処にもいない。
銃口を様々な所に向け、クリアリングするが人の影も形も無かった。
唯一、壁で仕切られているバスルームを覗いても物一つ落ちていない。髪の毛の一本もだ。
「
拳銃を持った女が部屋に来る。
「
「
「
「
部下に檄を飛ばす女。
だが。
その檄は、叶うことなかった。
女が気を失う前に見たのは、突然の銃声と共に弾け飛んだ部下の頭と焼ける様に痛く、血を流す自分の手足だった。
三つマガジンを空にして、四つ目のマガジンを装填したと同時に射撃を止めた。
俺達は壁越しに相手に向けて撃っていた。
念の為に、もう一部屋借りていた方のノブにシルヴィアが引っ掛けておいたのだ。『起こさないでください』の札を。
気休め程度だったのが、準備と行動を行うことが出来た。運が良いのか、向こうの練度が低いのかは分からない。
「行こう。マリアは博士に付いていてくれ」
頷くマリア。俺達三人は隣の部屋に向かう。
外に出ると、男が一人倒れていた。改造されたミニUZIが傍に転がっている。既に死んでいた。
部屋の中は地獄と形容するのが相応しい有様だ。
十名程の遺体が転がっており、血の匂いが充満している。部屋に入る前なのに、強い匂いで顔をしかめてしまう。
「何処の回し者だ?」
「分からない。……でもアジア系ね」
そうシルヴィアが呟き、死体のポケットから遺留品を探そうとした。すると、女の呻き声が聞こえた。
俺が振り向くと腕と足を撃たれた女が、こちらを睨んでいた。女と目が合う。死と隣り合わせの状況にいるのに、闘志を忘れていない。
闘志はゾクゾクとした感覚として伝わってくる。俺は女に近づき、目の前に座り込んだ。
「何処の人間だ?」
「
「……なんて言っている?」
俺が尋ねると、シルヴィアが答えた。
「アンタなんかに教えない、だって」
「……翻訳頼める?」
「いいよ」
遺留品探しをハリーに任せ、俺達はこの女を尋問する事にした。
状況証拠としては女の傍に落ちていた、北朝鮮製の70式拳銃。こんな物がアメリカ国内で簡単に手に入るわけがない。
間違いなくコイツ等は北の戦闘員なのだが、如何せんこの女が口を割ろうとしない。これが本来あるべき姿なのだろうが、こちらとしては面倒だ。
「お名前は?」
「家族は?」
「指揮官は?」
「目的は?」
「武器はどこで手に入れた?」
俺がどんな事どんな風に聞いても、その返答は返ってはこない。
「どうしようねぇ……」
「こうも意固地になったら、どうしょうもない」
「前は拷問が法で禁じられた国の自衛隊員よ、俺は。……それに、無益な殺生は嫌いだ」
「私だって、元FBI。拷問なんて、専門外」
「……どうする?」
「仕方ない。放っておこう」
「……武士の情けだ。救急車を呼んでやる」
溜息を一つ。ポケットから携帯を出し、911をプッシュする。俺がその場を離れると、シルヴィアが北の女と話し始めた。
といっても、一方的に話しているだけだが。
階段を下りていると、電話が繋がった。
<もしもし。こちら、緊急通報コールセンターです。警察ですか、それとも救急にようですか?>
<どちらもです>
<何か事件ですか?>
<ええ。銃器を使った凶悪事件です>
<……失礼ですが、貴方は?>
<通りすがりのバックパッカーです>
<あの、お名前は?>
<悪いが、自己紹介している暇は無いんだ。単刀直入に言うぞ>
<……あの、悪戯なら>
<タチの悪い悪戯だと思うんなら、郊外にあるモーテルにパトカーと救急車を一台寄こしな。人が一人死にかけてるんだ>
それだけ言って、俺は電話を切った。我ながら、我儘な対応だと思うが事情が複雑であるが故に致し方無い。
カウンターの方を見ると、管理人が亡くなっていた。俺は管理人室に入り、遺体を横たわらせ唖然とした顔で固まった、管理人の見開かれた目をソッと閉じた。
「関係無いのに……ごめんなさい」
両手を合わせ、静かに黙とうする。乾いた血の中に、車のキーが落ちているのを見つけた。乗って来たシボレーは、白昼堂々乗り回せるような代物ではなく乗り換える必要があったのだ。
裏を見ると、三菱の4WDが停められていた。
ここを出るには、早い方がいい。
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