近づきだす二人

 取り調べ室のレイアウトは、警察もISSも変わらないようだ。

 向かい合う形で置かれたパイプ椅子の間には、無機質な金属製の机が置かれ少し離れた所に、記録係用の机がある。

 部屋に一歩入ろうとしたら、茶髪の調査係に手で制された。


「拳銃と携帯を出せ」


 茶髪の視線は腰に提げた、グロックに向いている。抵抗する気は無い。グロックをホルスターから出し、弾倉を抜き薬室に弾が無いか確認してから銃口の方を持って、抜いた弾倉ごと渡す。茶髪が銃を受け取るのを見て、予備弾倉も渡した。


「携帯のパスワードも教えた方がいい?」

「……指紋認証だろ。今ここで開いて渡せ」


 茶髪は感情の入る余地が無い、事務的な口調で言う。

 素直に携帯を操作し、茶髪に差し出す。


「念の為に聞いておく。……見られて恥ずかしい写真とかはあるか?」

「特には無い。……でも、コンテナ船の事件と関係ない事を証明してくれるなら、気が済むまで調べてください」

「分かった」


 そう言い残して、茶髪は調査係のオフィスに入って行った。残された二人は、私に入室を促す。

 私は手首に巻いた、浩史の腕時計を撫でた。




 ロサンゼルス市警SWAT訓練所。

 小高い丘の上に建てられた、田舎の小学校程の広さの施設。LAPDSWATのメンバーはここで己の腕を磨く。

 駐車場に一台のセダンが入ってくる。車から出てきたのは、二人の男だった。

 一人は黒髪をオールバックにし、茶色のスーツをだらしなく着ている。彼は懐からアメリカンスピリットのパッケージを出したが、『施設内全面禁煙』の看板を見つけたので顔をしかめ、煙草を仕舞う。

 もう一人は百九十センチはあろう巨体を持つ男だ。威圧的な体格だが、どことなく愛嬌のある顔をしている。

 二人が施設の入り口に近づこうとすると、守衛が目を光らせながら声を掛けてきた。


「すいません。ここは関係者以外立ち入り禁止です」


 威圧的な言い方だ。無理はない。二人の風貌は一見すると、反社会勢力の一員だ。

 しかし彼らは嫌な顔一切せず、身分証を守衛に見せる。


「ISSロス支部調査係だ。……お宅にいる第一分隊の隊長。ケビン・レナードに用がある」

「……ISSなんかが、ケビンさんに何の用だ」


 ISSの二人は守衛の言葉に、眉をひそめた。『ISSなんか』と言われた事なのか、『ケビンさん』のやけに馴れ馴れしい言い方が、引っ掛かったのか分からない。


「今捜査している事件に関わっている。それだけしか言えない」


 オールバックが素っ気なく言うと、守衛は疑わし気な視線を強めた。だが、身分証を見せられた以上入場を断る訳にはいかない。


「……第一分隊はグラウンドで訓練している」

「どうも」


 ISSの二人が建物の奥に消えるまで、守衛は二人を睨み続けていた。その視線に二人は気付いており。


「睨んでるぜ」

「おっかねぇ」


 薄ら笑いを浮かべて、グラウンドへと続くアクリル製のドアを開ける。

 グラウンドには、紺色の作業服を着た二十人程の人間が居た。その中で五人、グラウンド内に設置された射撃練習場で実弾訓練をしている。

 大男は、目を細めM4A1カービンを撃っている男達、後ろで待っている男達を交互に見た。そして、オールバックにケビンの写真を見せてもらう。


「一番右端の列の前に並んでる奴。アイツがレナードだ」


 大男は列の一番目に居る男を指さした。


「間違いないな?」

「お前より目は良い」


 二人はグラウンドの奥の方に向かう。SWAT隊員達が、怪訝そうに二人を眺める。

 二人が射撃場に着いた瞬間。笛の音が響いた。

 横に並んでいた男達が、一斉に飛び出す。

 男達が行っている訓練は、実戦を想定した移動射撃訓練の様だ。

 最初はM4を三発、べニヤ板に貼られたペーパーターゲットに撃ち込む。

 遮蔽物に一旦隠れ、今度は向かって左側のベニヤを撃ち抜く。

 M4から拳銃に持ち変える。キンバー社のM1911カスタムを、正面にある人型の金属板に弾倉一つ分。七発の.45ACP弾が当たり、辺りに鈍い反響音を響かせた。

 右端に居る奴が一番早くて三十秒。他は少し遅く四十秒程だ。

 一分以内で三名を無力化出来る様に訓練する警察組織は少ないだろう。

 オールバックが口笛を吹き、大男が拍手した。

 周りの警官達が、殺気に近い警戒心を露わにする。だが、二人は一切動じない。

 右端の男が二人に近づいてくる。


「貴方達は?」


 そう言って、男は爽やかな笑顔を向ける。二人は同時に、この男が件のケビン・レナードだと理解した。

 オールバックが持つケビンの写真も、爽やかな笑顔を浮かべている。警察のデータベースにあった、警察手帳の物だ。


「ISSロサンゼルス支部、調査係だ。……ケビン・レナードだな?」


 身分証を見せ、男に問いかける。


「はい。そうです。……ISSのお二人は、何故ここに?」


 二人には、レナードの笑顔が白々しいものに見えた。コンテナ船の事件は、テレビ、ラジオ、新聞全ての媒体で大きく報道され最早、世界中で知らない者はいないレベルだ。

 現役警官が知らないなんて事は無いだろう。

 ……お前が、コンテナ船の主ならば尚更。二人は内心、そう思っていた。


「……先日、ニューヨーク港で、あるコンテナ船が検挙されましてね。……そのコンテナ船の管理責任者が、貴方だと調べがつきました。ご同行願えますか?」


 オールバックがそう言った瞬間。辺りに居た警官達の気配が変わる。

 二人に対する不信感から、明らかな殺意に。

 二人は拳銃に意識を向けた。状況はまさに一触即発。いつ誰が銃を向けるか、分からない状況。

 それでも。


「まぁまぁ。皆、落ち着いて」


 ケビンはブレない。変わらない笑顔だ。

 気持ち悪い。そんな感情が、二人の顔に出る。


「……ISSのお二方。行きましょう。僕も、貴方達に話したい事があります」

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