青い果実と半熟の果実

 放課後。学校の屋上。


「無理なんですって……勘弁してくださいよぉ……」


 電話の向こう側の男は俺の言葉に過剰反応し、無茶苦茶な事を喚き散らしている。


「警察も動いてるんです。無理なモンは無理なんです」


 遂に男は俺に脅しを掛けてきた。


「…………できっこないんだ。それが分からないのか!」


 向こうの男が黙り、怒りのパワーを貯めている内に俺は電話を切った。

 携帯電話を見つめて、動かしてしまった事実の重さを体感する。


「マコト?」


 声がした方を振り向く。そこには、アイラが立っていた。


「今の電話……私の……」

「あんな奴、父親でもなんでもないだろ」


 そう吐き捨て、携帯をポケットに仕舞う。


「それよりも、あの計画、今日発動させるぞ」

「……本当に?」

「今更後に引けるか……。それに、もう言っちゃったしな」

「………………」


 俺はアイラの肩に手を乗せた。


「逃げるんだ。出来るだけ遠くに」


 アイラは俺の顔をしばらく見た後、弱々しく頷く。あと少しで日が沈む。

 後先考えてはいられない。

 だが、鞄に入れたワルサーPPKを使う事は考えなければいけない。

 人目を忍んで学校を出て、家に向かう。マフラーで顔を隠しながら足早に。

 いつもと変わらない風景も、今日はなんだか暗く見える。

 団地の敷地に入り、駐車場を確認する。

 アイラのクソ親父の仲間のバイクや車が無いか確認した。

 幸い、その類の車は無かった。

 それでも、警戒しながら団地の階段を昇る。

 まずは階層の低いアイラの行くことに。

 ――だが。

 部屋の前に二人、出待ちしていた。

 一人は三十代程の男。背が高く筋肉質。短髪でフライトジャンパーを着ている。

 もう一人は、二十代後半程の女。男の方より少し背は低い、全体的に細い線をしている。

 長い黒髪にグレーのダッフルコート。

 そして、美人だった。

 男の方が口を開く。


「ええと、大淵君に辻さんだよね。……俺達、こういう者なんだけど」


 そう言い、二人揃って懐から身分証を出した。

 女の方が警察手帳。男の方は見慣れないが、ISSとある。

 俺は数日前に閲覧した、ネット掲示板の内容を思い出した。

 あれには『既存の警察力を越える勢力に対抗する為の独立組織』と書いてあった。

 つまり、警察と警察以上の力を持つ組織が俺達に会いに来たのだ。

 わざわざ部屋の前で待ってまで。


「少し、お話聞きたいんだけどさ……。どこか、喫茶店にでも行こうか」


 身分証には赤沼と記載されていた男が、俺に一歩近づく。そのジャンパーと下に着たトレーナーの隙間、左わきの所にショルダーホルスターに収められた拳銃のグリップが見えた。

 心臓の鼓動が早くなった。


「……逮捕、するんですか。私達の事」


 その声でハッと我に返る。アイラが俺のブレザーの裾を掴んでいた。


「逮捕はしないわ。任意同行よ」


 警察手帳に弓立と書かれていた女性が答える。


「……じゃあ、私達は行きません」


 俺の背中に隠れ、恐怖に耐えながら、彼女は必死に抵抗した。

 アイラは警察にいい感情を抱いていない。

 ホイホイついて行ったところで、いい事はあまりない事が分かっているのだ。


「“任意”同行ですよね。だったら、行く必要は無いと思いますが」


 任意を強調してアイラが言う。赤沼と弓立は苦笑する。


「まいったね。まさか、こんな事言われるとは」


 赤沼が頭を掻きながらぼやく。けれど、すぐに取り直して。


「じゃあ、任意同行は求めないから、このまえの秋葉原での発砲事件の犯人『刈間莉子』との関係を聞きたいんだけどね。勿論、この場で」


 赤沼はアイラの上げ足を取り、この場での質問を求めてきた。


「それに、知らないなんて言わせないから」


 更にそう付け足し、スマホの画面を見せる。画面にはアイラの学生証が映っている。

 画面をスワイプさせ、俺の学生証の写真も見せてきた。


「これは、刈間莉子のパソコンから見つけた物だ。……勤勉さと従順さが売りの日本の高校生が、何故銃器売ってる奴とお知り合いになのかな?」


 刈間さんを逮捕したのは、彼らなのだ。

 予測した通り、彼らは刈間さんのパソコンを頼りに俺達を追ってきたに違いない。

 それに、彼らはもう逃げ道を塞いでるだろう。


「……だんまりか」


 俺もアイラもなんて言えばいいのか思いつかなかった。その反応も、赤沼を困らせたようで。


「別に、すぐ行動をしようと言う訳じゃない。ただ俺達は、君達から話を聞いて、何か事件に巻き込まれているのならどうにかしたいし、事件に自ら足を踏み込んでしまったのなら、注意をしたい。それだけだ」


 そう説明された。赤沼は自身に敵意や悪意が無い事を証明したいのだろう。


「……それって、上司の方から言われたんですか?」


 アイラが赤沼に問う。

 幼い頃から良くも悪くも警察の世話になってきたこその観点だ。数多くの警官と接してきたせいか彼らが声高に宣言する正義が、ただ上から押し付けられてる虚構だと思っている。

 俺はその考えに賛成だった。

 本当に胸に正義を抱いているのならば、そもそも不祥事なんて起こさない。

 彼らが俺達に守れと命令する法すら守らないくせに、正義と法の番人なんて笑わせる。

 俺は赤沼の顔を見た。

 黒くて硬い短髪の先は天を指し、四角い輪郭に収まっている一つ一つが無骨な顔のパーツ。

 それが僅かに動き、その相貌が俺を見つめた。


「いや、俺の考えだ」


 ほぼ即答した赤沼の言葉に、鼻っ柱にストレートを喰らったボクサーの気分になる。


「ぶっちゃけ、お前達の捜査は本筋から大きく外れている。けどな、なんかお前等の事が気になったから捜査する事にしたの」

「………………」


 俺達が驚き、ガードが緩くなっていた隙を突いて赤沼は距離を詰めてきた。

 丁寧な口調からタメ口へ。

 他人行儀な態度から、親しみを持つように。


「君らが嫌なら、銃だって持たないようにする。車にでも置いて行こう」


 赤沼はジャンパーの端を持ち、脇に提げた拳銃の存在をアピールした。

 それも、脅しとしてではなく誠実さを示す為に。

 赤沼達が優位である事を表している事の一つは、拳銃を所持している事だ。

 それを自ら捨てるのは、本気で対等に話そうという決意が見える。

 アイラの方を見る。彼女の瞳が揺れていた。

 俺も喰らったストレートのパンチが効いている。


「……赤ぬ――」

「おい、大淵ぃ!」


 思わず振り向く。そこには、大人数の仲間を連れたアイラのクソ親父辻龍斗が立っていた。

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