防人達の鎮魂歌編

帰国

 日本。成田空港。

 四か月ぶりに踏む、日本の地。

 俺は手を上げて、ニューヨークには走ってない緑色のタクシーを停めた。


「東松戸駅へ」


 ボストンバックを隣の座席に置き、目的地を告げた。

 運転手が頷き、タクシーが走り出す。

 俺が窓の外をボンヤリと眺めていると、運転手が話しかけてきた。


「お客さん、何処に行ってきたんです?」

「……アメリカに仕事で」

「アメリカ!」


 運転手が派手に驚いて、ベラベラ話し始める。


「いや~私もね、バブルの頃にしょっちゅう行ってたんですよ。アメリカ」

「はぁ……」

「西海岸にね、サーフィンをしに」


 その後もダラダラ昔話をしていた運転手を適当にあしらいながら、タクシーは地元に向かって走る。

 運転手の話が二巡した頃、目的の場所に車が滑り込んだ。

 運賃を払い、タクシーを降りる。


「お客さん。そう言えば、何しにここへ?」

「……墓参り」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、運転手の顔が青くなった。

 タクシーに背を向けながら、バス停の場所を思い出そうと頭を絞る。


 世間一般的に、二月十四日というのはバレンタインデーとして呼ばれるものだが俺いや、赤沼家にとってはそれ以上の特別な日だ。

 大黒柱。赤沼たけしの命日。

 俺の父が死んだ日だ。

 その事を我らが強襲係の班長に伝えると、すぐに休みをくれた。

 年末年始に行けなかったのもあり、絶対に行きたかったのだ。

 しかも、実家に帰るのは約一年ぶり。

 新宿駅爆破テロ未遂事件以来、都内在住の自衛官はマスコミの格好の餌となり駐屯地前には二・三人記者が張り付くようになった。

 どんな奴でも、自衛官であれば死体に群がるハエや蛆みたいにマスコミ連中は食いついてくる。

 迷惑の極みだったし、俺個人の事がいつバレるかヒヤヒヤしていたのを忘れられない。

 いくら箝口令を敷いていたとはいえ、俺の事を言わなかった同僚や家族には感謝しかない。

 なるべく外に出ないよう心掛け、ほとぼりが冷めるのを待っていた矢先に、ISSに行くことに。


「人生って、何があるか分からねぇな」


 学生時代にタイムスリップできるのであれば、それだけを伝えたい気分だ。

 近所のスーパーで花を買い、実家への道のりを歩く。

 ここら辺の道は、相変わらず変わっていない。

 本当に小学生の頃から変わってない。

 観葉植物の配置や近所の飼い犬。平和を体現した光景が、今の俺には非日常に見える。


「毒されてるな……」


 自嘲気味に笑う。その声もどこか空虚だ。

 ……そして、実家に着いた。

 南向き。築四十年で4DKの一軒家。俺の誕生を機に、親父がローンで買った城である。

 二台分ある駐車スペースには、母親の軽四と弟夫婦のミニバンが停まっている。


「……いるのか」


 嬉しいような、いてほしくなかったような。溜息を付き、ボストンバックを持ち直す。

 二度ほど躊躇った後、戸を引いた。


「ただいま」


 声が少しばかり硬くなってしまったが、いつも通りの声を出せたと思う。


「おかーりー」


 二歳になる姪っ子がリビングからひょっこり顔を出す。

 満面の笑みだったが、俺の仏頂面を見てその笑顔が泣き顔一歩手前になった。


「ぱぱ?」


 どうやら、俺を弟。つまり、姪っ子は俺を自分の親父と勘違いしたのだ。


「……つーか、顔覚えられてないのか」


 そのことに軽くショックを受けながら、靴を脱いで上がる。

 姪っ子は父親に少し似た知らん男が家に上がったのを見て、母親に助けを求めた。


「あら、アンタ帰って来たの」


 その声につられて、お袋が姿が見せる。


「連絡くれればよかったのに」

「ワリ。すっかり忘れてた」


 形だけの適当な謝罪をして、リビングに入った。

 ソファーには義妹が座っており、俺を見てチョコンとお辞儀する。その足に姪がしがみついている。


「ご無沙汰してます、義兄さん」

「どうもね」


 ボストンバックを部屋の隅に置き、買ってきた花をお袋に押しつける。


「あ、これ花。途中で買ってきた」

「ありゃ、敦司に頼んだのよ」

「そういや、アイツは?」


 一向に姿を見せない弟の安否を聞く。


「お線香用のライターのガス切れてたから、買いに行かせた」

「あ~」

「お仏壇はマッチでいいんだけどね」

「まぁそうだな」


 リビングの奥にある和室を見る。親父の遺影が、俺達を睨んでいた。


「……線香あげてくる」


 ジャンパーを脱いで、和室の座布団に正座する。

 部屋には警官の制服を着た親父の写真が飾られており、いつもお袋が寝起きしているはずなのに生活感が無い。

 マッチを擦って、蝋燭に火を付ける。線香を香鉢に立て、リンを鳴らす。

 合掌。

 親父に対し、変な罪悪感もある。

 でも、後悔はしてない。


「戦う覚悟か……」


 俺が立ち上がると、お袋が口を開いた。


「お父さんが死んで、十四年か」

「……昨日の事みたいだけどな」

「……そうね」


 十四年。それが長いのか短いのか、俺にはまだ分からない。俺の三十年の人生ですら、どこか短く感じるのに。

 そんな事を考えていると。

 

「ただいまー。……あれ、兄貴帰ってきてる?」


 弟が帰ってきた。

 相変わらず、少し似た顔だ。俺より少し眠たそうな顔がそこにはあった。


「よう」

「やっぱり。連絡くれればよかったのに」


 俺が三十年見てきた顔は、既に非日常の代表になっている。

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