夢の跡を進め

 男の震えは顔面から体全体に広がっていったが、ガチガチ鳴っていた口からは別の音が出た。


「ふざけやがって……」

「あん?」


 男は班長さんの掴んだ手を振り払い、立ち上がった。


「どいつもこいつもふざけやがって! 俺の人生が滅茶苦茶だ! 責任を取れ! 俺はCIAだお前等なんか、この俺が本気になれば――」


 コイツの正気を疑う。頭が痛くなってくる。

 この場にいる馬鹿以外の全員が、呆れかえりその往生際の悪さを眺めていた。

 すると。


「失礼するよ」


 空気にそぐわない飄々とした態度で部屋に入って来た、一人の男。

 ダブルのスーツを着こなし、ランウェイの上を歩くように優雅にこちらに来る。

 

「どうも、ISSの皆さん。私、対テロ・センターのセンター長リチャードと申します」


 リチャードと名乗る男は、俺達にうやうやしく一礼するとまた話し始めた。


「まぁ、そこに座っている男の直属上司ですよ。お騒がせしてすいません……出来の悪い部下で」


 そう言ってリチャードはニヤリと笑う。

 ISS組全体に、電流の様な空気が走る。まさか、ここでこのリチャードが加勢するのか。

 嫌な予感が全員の脳裏に浮かぶ。


「あっ! いやいや、決して貴方方の仕事の邪魔をしに来た訳じゃないんですよ」


 自身に突き刺さる視線に気づいたのか、しっかりと自己防衛の保険を掛けるリチャード。


「おい! リチャード! 助けろ、俺を助けろ!」


 直属の上司にも関わらず、呼び捨てとはお里が知れる。ここが軍隊だったら、間違いなく鉄拳制裁を喰らうだろう。

 だが、喰らった制裁は鉄拳より痛いものだった。


「悪いけど、君、今日限りでここCIA辞めてもらうから。懲戒解雇ね」

「あ゛?」


 男の口が拳骨一個入る位に開かれる。

 俺達も目が点になった。


「ダニエル君が話してる所から聞き耳立ててけどさ、麻薬? 人身売買? 聞いてないよ僕ら」


 上を通していない、独立したシノギだった。ハリーが語った想像が本当だとしたら、間接的ではあるがCIAの利益になっているので話通してあるかと思ったが。


「……それに、ISSのアカヌマさんだっけ? その頭の怪我、大丈夫?」

「まぁまぁ……ですかね」


 実際は痛くも痒くも無いが、顔をしかめておく。


「今大丈夫でも、後からクルからね。頭の怪我って」

「覚えておきますよ」


 俺の返事に満足そうに頷いたリチャードは、改めて男の方を見た。


「アカヌマさんの件も、聞いてないしね。許可取ってやった事でこうなってるのなら、僕らも尻拭けるけど……勝手にやったんでしょ、僕らは責任取れないよ」


 男は最後の綱も切れ、状況は四面楚歌だ。


「作戦『ガガーリン』の失敗。国際法違反の人身売買。無許可のISS本部局員殺害命令。……スリーアウトチェンジだね」


 今度こそ、男にトドメが刺された。



 外に出て、空を見上げる。清々しい青空。

 風が私の頬を撫で、その冷たさに思わず目を瞑る。


「寒くないかい?」


 ハリーが聞く。私は大丈夫と答え、後ろを見た。

 なんだか、いままであそこにいたのが、夢だった感じがする。

 CIA。カンパニー。色んな呼び方に、呼ばれ方。

 良い思い出は無いくせに、嫌な思い出ばかり湧いてくる。

 それなのに、いざ別れるとなると妙な寂しさを覚えてしまうのは、どうしてだろう。

 

「確か、あの時もこんな感じの空だったよな」

「え?」


 唐突にハリーが口を開いたので驚いた。


「初めて会った日も、こんな空だったよね」

「あ……」


 覚えていたのか。驚きと感動が合わさり、顔を染める。


「……そうだったね」

「……お互い、変わっちまった」


 そう言い、彼は眼鏡を外して目を細めた。


「ついこないだ、会ったばかりな気がするのにな」

「……うん」


 人は変わるものだ。


「これからは……辛い思いする事になると思う」

「うん」

「でも、今からは、僕がいる」

「うん……」


 視界が滲む。目尻を触ると濡れていた。


「……行くか」

「……うん」


 また風が吹く。けれど、今度は目を瞑らなかった。



 勇敢に戦った者も、時間が経ち変わっていく。

 正義や信念を忘れて、ただ己の欲望を満たすだけの廃人と化したり、過去に囚われ悩み続ける者もいる。

 彼女もそうだった。

 過去に囚われ、現在のしがらみに縛られていた。

 けれど、彼女は前に進むことが出来たのだ。

 軍人アリソン・ワイルズではなく、一人の人間アリソン・ワイルズとして。

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