種明かし

 白亜の廊下を歩く。

 時々すれ違う職員達は皆、呆然と俺達を見ている。

 CIA職員だって、全員がミッション・インポッシブルを完遂できる訳じゃない。

 単純に考えて、いい大学卒業しただけのインテリの方が多いに決まっている。

 でもまぁ、黒スーツの集団が列を成して歩いている様子は、一見すると何かの儀式にも見えなくはない。

 広い建物の中を進み、先導していたダニエルがある部屋の前で止まった。


「ここです。ここに、アリソン君の上司がいます」


 彼はそう言って、扉をノックした。


「ダニエルです。……アリソン君の事で、少しいいですか?」


 すると、扉越しでも聞こえるぐらい大きい舌打ちが返ってくる。

 これは「ワタクシは不機嫌でございます」と言っているのと、同義だろう。


「……入れ」

「……失礼します」


 ダニエルは返事をするが、ノブを俺に握るよう促した。

 俺は頷き、扉を勢いよく開け放つ。

 部屋には五十過ぎの男が、高そうな机に収まっていた。


「な、なんだ!」


 俺に続き、黒スーツの集団が次々と入って来る。

 部屋の三分の一をISS局員で占領した後、集団の中からダニエルが姿を現す。


「ダ、ダニエル! てめぇ、一体なんのつもりだ!」


 おそらく、この中で一番弱いダニエルに当たり散らす。俺はこの時点で、この男の底を知った。


「だから、言ったでしょう。アリソン君の事で話があるって」


 ダニエルはそれを受け流し、話し相手を班長さんに譲った。


「ISS本部調査係第三班のニコラスと申します」

「……ISS?」


 何が何だか分からないと言いたげだ。


「……部下とISSが、何の関係がある」

「お前が、部下に命令した事だよ」


 班長さんは机に片手を付き、ドスの効いた声を出す。

 男はその声を聞いて、少し肩をすくめた。


「見ろ」


 班長さんが俺の肩を掴んだ。


「彼の頭の傷は、お前の部下が着けたモンだ」

「……い、言い掛かりだ!」


 ここまで来て、そんなつまらないことで俺達が引くと思っているのか。

 意識しなければ「バーカ」と言ってしまいそうになる。

 しかし、班長さんは顔色一つ変えず


「そうか」


 と言い、今度はハリーを呼ぶ。


「はい」


 黒の集団の中から、私服のハリーがアリソンを連れて前に出た。


「彼女が全て話してくれました。襲撃後に逃走した時の映像が防犯カメラや市民の携帯カメラに収められています。それに、この彼がアリソン・ワイルズ元軍曹を逮捕しました」


 班長さんはハリーの肩を軽く叩いた。

 目の前の男は、手錠を掛けられて神妙な顔した部下を見て焦った顔をしたが、それを分厚い面の皮の下に隠してしまう。


「……捏造だ! 言い掛かり! でたらめだ! 証拠だ、証拠を出せ!」


 見苦しさを前面に押し出した腐った態度に、この場にいる全員の額に青筋が立つ。

 部屋の空気が張り詰め、温度が上がっていく。

 だが。

 

「……分かりました。貴方がそこまで言うのなら」


 空気を切り裂いた声は重かった。その声はまるで、プロボクサーが放つパンチだ。


「ダニエルさん……」


 俺の隣にいる彼が放ったと理解できたのは、彼がズボンのポケットから出したSDカードを机に置いた時だ。


「これには、貴方がアリソン君を含めた自分の部下に行ってきた、パワーハラスメントの証拠とアリソン君にISS本部局員殺害命令を出した時の音声が入っています」


 流石の出来事に、男も冷や汗を流す。


「な、なん、なんで、テメェがそんなものを」


 男を飾る苛つく虚栄も崩壊寸前になっている。


「……最近の貴方の行動は、目に余る。遂には、人事権を乱用し個人の生殺与奪まで握るようになった。……私も長いことCIAに勤めていますが、貴方ほど酷い人は初めてでしたよ」


 俺は横目でダニエルの顔を見た。口をへの字に曲げ、静かに男を睨みつけている。一介の後方支援役である彼にも、歴史があるのだ。顔のしわと灰色の目には威厳が籠っていた。


「……なので、私は来る日に備えて証拠を残すことにしました。まさか、ISSの方々と使うとは思いませんでしたがね」


 男の顔は怒りで赤くなり、ダニエルとアリソンを睨みつけている。

 距離的に一番近いのは班長さん、次に俺なのに見ようともしない。

 こいつは、本当に自分の土俵でしか相撲をしたくないようだ。

 ここまで来ると、怒りを通り越して呆れてくる。


「………………そ」

「あ?」


 顔色を赤から青に変えた男は、唾を飛ばしながら怒鳴り散らしたが。


「そんなもん、でたら――「いい加減にしろ」


 それを止めたのは、ハリーだった。

 皆の堪忍袋の緒が切れるよりも早く、彼は怒った。


「この期に及んで、ガタガタ言うんじゃない」


 ハリーはアリソンの手をしっかりと握り、男の顔を見据え毅然とした態度でノミで木を彫るような声で言う。


「それにな、ここに来た理由はそれだけじゃないんだ」


 ハリーがシルヴィアに手を差し出し、我に返った彼女はハリーに書類を手渡した。ハリーはそれを、机の上に滑らし男の前に。


「これは……貴方が行ってきた、人身売買と麻薬取引に少年兵育成と彼らを使った事の証拠だ」


 男の目が大きく見開かれる。


「……お前は、麻薬王カリスト・マイオルから安値でデザイナーズドラッグ『ヘブンズフラワー』を買い取り、それをテキサス州沿岸部に拠点を置く人身売買組織に卸していた」

「……………………っ!」


 男が震えた。


「そこで、拉致された子供達を薬漬けにしに仕立て上げたんだ。それから、アメリカ国内だと足が付くから一旦別の場所に移した。……キューバにな」


 俺は机の上の資料の一部を見た。それには、キューバのグァンタナモ米軍基地と書かれている。


「キューバには、グアンタナモ湾の一部を租借して作られたグァンタナモ米軍基地がある。お前はCIAの肩書を利用して、海軍基地もといキューバに入国しそこから少年兵を売りさばいていた」


 アリソンの上司に向ける目線の鋭さが増した。

 もしかしら、この上司の私利私欲に利用された事に怒っているのかもしれない。

 俺はこの男に嫌悪を抱きつつ、その手段には一種の尊敬の様なものを抱いていた。

 グァンタナモ米軍基地は、キューバにおける一種の治外法権区域だ。アメリカの飛び地で、その詳細を知る者はいない。キューバ側には地雷原。

 これでは、少年兵はまず逃げられないだろう。

 それに、軍人もCIAと名乗られたら面倒事を避けたいから、つつきもしない。

 舞台は出来上がっている。

 そこを選んだセンスは、ある意味賞賛に値するものだ。

 ……褒めたくも無いが、それは認めざる負えない。

 ハリーはブルっている男を尻目に、話を続けた。


「ここからは、僕の想像なんですがね……。貴方は、その売りさばいた少年兵や売った組織を使い、これまで行ってきた任務を進めたんじゃないんですか?」


 男の喉仏が動く。


「自分の懐を温めつつ、地位もうなぎ上りになるよう自分で仕向けた。……でもまぁ、それは貴方を捕まえてからゆっくり暴けばいい」


 ハリーは前髪をかき上げ、フッと息を吐いた。


「……すいません、出過ぎたマネを」


 彼は班長さんに頭を下げてから、一歩後ろに引く。その出過ぎたマネを気にもせず、班長さんは男の肩を叩いた。


「じゃあ、行こっか」


 それを聞いて男は、歯をガチガチ鳴らし始めた。

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