後始末

 襲撃から一週間が経った。

 俺の頭に出来たたんこぶは、痛みも形も無くなり元通り。

 それなのに、俺の頭には仰々しく包帯が巻かれている。


「……やり過ぎなんじゃねぇの?」


 片手でハンドルを握りつつ、ゴワゴワした包帯を撫でる。


「ハッタリよ。ハ・ッ・タ・リ」


 シルヴィアが後ろの座席で書類を確認しながら、俺に言う。

 彼女はいつもの赤い革ジャンではなく、黒いパンツスーツを着ていた。

 彼女だけではない。

 ISS本部調査係第三班の全員が、スーツを着ている。

 朝、駐車場に行った時。黒スーツの集団を見て、俺は一瞬だけマトリックスの撮影現場と間違えてしまったと思った。


「……そのスーツもハッタリか?」

「そうそう」


 シルヴィアは満足げに頷き、書類をブリーフケースに仕舞う。


「自分の部屋に黒スーツの集団と、頭に包帯巻いた男がいきなり入ってくれば、キリストだって驚くはずよ」

「そりゃな」


 俺は帰ってきて、自分の家に黒づくめの女がいたら物凄くびっくりする。実際そうだった。

 その黒づくめの女こと、アリソン・ワイルズは車列の真ん中の車にハリーと一緒に乗っている。


「……にしても、あの女。顔を見たのは今日で二回目だけど、初めて見た時とガラリと印象が変わった」


 朝。俺が車に乗り込む前、頭を下げに来た。

 先週着ていたような機能的な服ではなく、長袖のカットソーとジーンズといったカジュアルな恰好。

 手錠。少しやつれた顔。

 印象が変わって見えるのも当たり前だが、一番は目だった。

 俺を襲った時は無感情を体現していた目だったのに、今朝の目は澄んだ湖を連想させる。

 別に俺は根に持っていなかったし、上司命令ならば仕方がない。

 それが俺の認識だった。なので、俺は「大丈夫です。……貴女も、大変でしたね」と言い彼女の目を見た。

 彼女はもう一度、俺に頭を下げ車に乗り込んだ。

 そんな事を思い出し、俺は最終的なアリソン・ワイルズに対する感想を口にする。

 

「まぁ、悪い奴じゃない」


 ふとした拍子に心の中の“何か”が外れてしまった。そのは、被害者にすら同情を抱かせる。


「けど……彼女はどうなる?」

「どうなるって?」


 黙って話を聞いていたマリアが、咥えていた禁煙パイポを指で摘まんで、俺を見た。


「……量刑だよ」

「アンタに対する殺人未遂で、四~五年。でも、執行猶予が付くかもしれない。それと、自供した殺人罪と傷害と暴行。合わせて三十件近く」

「……十三階段を昇る羽目になるな」

「人の事を勝手に殺さないの」


 マリアがツッコミを入れる。

 しかし、シルヴィアは鋭い目線をバックミラー越しに投げた。


「けど、面倒な事に……その事件の多くは、表に出ていない」

「訴える奴もいなければ、泣く奴もいないってか」

「証拠は自白だけなの?」

「本部に資料が残っていれば、立件は出来る。……けど、どうなることやら」


 闇から闇に葬られる事件が意図せぬ形で世に出る。

 俺は裁判官でも、弁護士でも、法律の専門家ですらない。

 だから、どうなるのかは分からない。

 それでも、思う事はある。


「……せめて、これからは幸せになってほしいよな」


 俺がそう言うと、マリアもシルヴィアも頷いた。

 幸せの重要性を知っているからこそ、身に染みるものだ。


「じゃあ、やることやんなきゃ」


 シルヴィアがそう言うと、遠くに目的の建物が見えてくる。

 バージニア州ラングレーはCIA本部。

 今回、わざわざ出張って来たのは事の元凶である馬鹿に引導を渡しに行くためだ。


「腕が鳴るぜ」

「ドンパチは無しよ」

「分かってる。……けど、この落とし前はキッチリつけさせてやる」


 すっかり治った頭をさすり、口元を歪めた。



 駐車場に車を停め、手の関節を鳴らす。

 後ろに並んだバンから次々と出てくる黒スーツの一団は、そこはかとない威圧感を発している。


「……マトリックスより、MメンIインBブラックの方が近いかもな」

「サングラスは掛けてないけれどね」


 調査係第三班の班長が点呼を取り、列を作った。

 先頭は俺が、真ん中にアリソン元軍曹とハリー、殿はマリアが務める。

 隊列を組んでCIA本部に突っ込む。

 建物の中は病院みたいな空気が漂っていた。

 消毒液の臭いがするとか、そんなんじゃない。人の命を扱う場所特有の臭いだ。

 多くの職員が黒スーツの集団を遠巻きに観察している中、一人の初老の男性がこちらに近づいて来る。

 ワイシャツの上にアーガイルチェック柄の袖無しセーターを着た、いかにも人畜無害そうな顔をした男だ。


「ISS本部の方ですか?」


 彼は列の一番前にいた俺に声を掛ける。


「はい。ISS本部の赤沼です」

「後ろの方たちも?」

「ええ」


 俺は身分証を男に見せた。俺がそうすると、後ろもそれに続いた。


「遠路はるばる、ご苦労様です」


 男は少し薄い頭を見せつける様に、俺達に向かって丁寧に頭を下げる。


「……えと、貴方は?」


 俺がそう問いかけると、第三班班長さんが前に出てきた。


「ダニエル・ラルフさんですね?」

「はい」


 男が鷹揚に頷く。


「ご協力、感謝します」

「いや……感謝される様な事は」


 ダニエルは謙遜したが、思い出したように口を開いた。


「そうだ、アリソンさんはいるんですか?」


 列から、ハリーに連れられたアリソンが出てきた。


「……まったく、お前さんは」

「……すいません。迷惑をかけてしまって」

「気にしないでいい。あくまでも、君は命令を受けただけだ。……それに、銃を君に送った私にも責任の一端がある」


 そう言って、ダニエルは俺の方を向く。


「アカヌマさん……でしたっけ。この度は、本当に申し訳ない」

「いや、別に俺は……。その、頭を上げてください」


 彼は頭を上げたが、表情は真剣だ。ダニエルは俺の目を見て、真っ直ぐ言う。


「アカヌマさんは、お優しいですね。……ですが、私も男です。自分のケジメは、自分で取ります。アカヌマさんの親切に甘えたいですが、それでは自分が許せません」


 彼は自嘲が滲む表情のまま、俺達を先に促した。


「今回の凶行を止められなかったのは、自分にも責任があります。贖罪とは思いません、ですがせめて、貴方方の役に立ちたい」


 そう言う目は、彼が歩いて来たであろう長い長い道と後悔が映っていた。

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