日常と非日常

 弟が運転するミニバンで、墓地まで行く。

 人気の無い寺。住宅街を遠く離れた地にあるここは、気温が二度くらい低く感じる。

 ジャンパーに首をうずめながら、父の墓前に立つ。


「お父さん。今年も、皆が来てくれましたよ」


 お袋が花を変え、俺が人数分の線香に火を付けて置いた。

 家族揃って墓に手を合わせる。

 しばらくの沈黙の後、弟がポツリと言う。


「十四年か……」


 あの時、俺は高二で弟は中二だった。お互いに思春期真っ只中の事。

 忘れもしないし忘れられない。

 

「……………………」


 自分にとって幸いだったのは、親父と仲違いしたまま死に別れた訳じゃない事だ。

 警官になる夢を否定され、殴り合い寸前までいった喧嘩もお互いの謝罪でケリがついた。

 お袋や弟に促されての謝罪だったが、それは親父も一緒。

 それをなんとなく察していながら、頭を下げられたのも、親父を心の奥底から嫌っていた訳じゃないからだ。

 仮の仲直りも、時間が経ち俺の進学が決まった頃から関係も元通りになっていく。

 会話もするようになった。アメリカとソ連の雪解けと、お袋は表現していたのを思い出す。

 嫌いになったまま、死ななくてよかった。

 的外れな思いかもしれないが、今の俺はそう思っている。


「……来年も、また来るから」


 そこにいる親父に声を掛け、俺は墓に背を向けた。



 帰りにスーパーに寄りたいという義妹の要望に応え、弟は実家の近所にあるスーパーに走らせた。

 昼が近いせいか駐車場はかなり混んでいる。

 なんとか車を停め、店内に入った。

 総菜の匂いが入口まで漂ってきている。夕飯の食材はお袋と義妹に任せ、兄弟で昼飯の総菜を見繕う事にした。


「悪いね、帰って来たのに昼飯が総菜で」

「俺がそんな事で文句言った事あるか?」

「なかったね。兄貴って、基本、料理に文句言わない人だよね」


 山の中に籠るサバイバル訓練を受ければ、文句言えなくなる。と言おうとしたが、褒め言葉として受け取っておくことにする。

 ただ。


「知ってるか? 敦司。蛇って意外と美味いんだ」


 それだけ伝えておくことにした。


「……見た目はウナギっぽいけどさ」


 少し引いたような声。弟はメンチカツのパックを手に取る。

 俺は竹輪と玉ねぎのかき揚げを見て、昼飯に蕎麦をリクエストしようかと思った。

 買い物客の喧騒。

 レジ打ちの音。

 総菜の匂い。

 非日常が日常に戻っていく。

 ……そう実感していたのに。

 俺の耳に飛び込んできたのは。

 の音だった。

 少し離れた所から鳴る、けたたましい銃声。

 

「あれ? 花火かな?」


 弟はそう呑気な事を言っているし、周りの買い物客も鈍い反応しか見せていないが、俺には分かった。

 それは間違いなく、銃声だと。

 反射的に上着の中に手を入れるが、そこにはホルスターも愛用のシグも無い。

 舌打ちしそうになるのを堪え、弟に声を掛ける。


「……敦司」

「どうしたの、兄貴。顔色悪いけど」

「……少し、見てくる」

「え? 花火の音じゃないの?」

「……何かおかしいと思ったら、義妹ちゃんとちゃんを連れて逃げろ。いいな!」

「ちょ、兄貴!」


 俺は弟の制止を聞かずに駆けだす。銃声は向かいの銀行から聞こえた。

 外壁にくっついた赤い回転灯は、光を発しながら回っている。

 銀行内に目を凝らすと、黒い物体を持った男が一人見えた。

 俺が道路に出ると同時に、サイレンを鳴らしたパトカーが銀行の前に停まった。


「待て!」


 気が付くと叫んでいた。聞こえるはずがないのに。

 銃声や形からして、男が持っているのは、おそらく連射の効くアサルトライフルかサブマシンガン。

 対して、警官が携行しているのは、三十八口径の五連発リボルバー拳銃。

 ニューナンブやS&W M37あたりだろう。

 オートマチック拳銃を携行している警官は少ない。よしんば持っていたとしても……撃てるのか。

 パトカーから降りてきた警官は二人。

 助手席に座っていた警官が腰の辺りに手を掛けてから、ちょっとの間が空き。

 周囲に銃声が鳴り響いた。

 警官が一人、その場に崩れ落ちる。


「伏せろ!」


 まだ立っている警官に向かって叫ぶ。だが、聞こえたのか聞こえなかったのかは定かではないが、警官は拳銃を抜いてしまった。

 耳を塞ぎたくなるような銃声。

 その後に残されたのは、血だまりに沈む警官だった死体だ。


「畜生!」


 俺はガードレールを飛び越し、轢かれる危険も考えないで車道に出る。

 道行く車にクラクションを鳴らされたが、知った事ではない。

 警官に駆け寄るも、遅かった。

 全身に銃弾を喰らった警官は既に息絶えている。

 

「クソ……」


 俺は、ベルトにチェーンで繋がれた拳銃を手に取った。

 ニューナンブM60。日本の警察官携行拳銃として名高い、リボルバー拳銃だ。

 一発も撃ってないから、シリンダーには実弾が五発入ったままだろう。

 俺がニューナンブの撃鉄を下ろした瞬間。

 寒気が全身を駆け抜ける。

 俺は咄嗟に、パトカーのエンジンブロックを盾にした。

 銃弾がパトカーの車体を貫き、エンジンに当たる音が耳に障る。タイヤの空気が抜け、車体が傾いた。

 銃声が途切れたタイミングで、顔を出す。

 いままで銃を撃っていた白髪交じりの頭をした男は、H&K G3自動小銃の弾倉を交換していた。

 男は驚いた顔をしたが、俺は迷わずニューナンブの引き金を引いた。

 俺が放った弾丸は、男の胸を貫く。男は口から血を吐き、そのまま倒れた。

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