謎の男

 千葉市中央警察署。小会議室。そこに置いてあるテレビでは、昼間の事件の事を報じる番組を映している。

 俺は、刑事にここで待つよう言われた。

 俺と会いたいという奴がいるらしい。


『今日午前十一時四十分頃。千葉県千葉市若葉区の東京中央銀行千葉市若葉支店に、自動小銃を所持した男が押し入り、金庫内の金銭を要求しました。それを拒んだ銀行員の、内田大和さん(48)に向けて発砲。内田さんは、搬送先の病院で死亡が確認されました』


 映像がスタジオから銀行前に切り替わった。


『銀行に押し入ったのは、東京都葛飾区在住の無職、松崎隆平(56)容疑者。松崎容疑者は、駆け付けた警官二名に対しても発砲した後、アメリカISS本部所属の男性に射殺されました。駆け付けた警官二名も、搬送された病院で死亡が確認されました』


 テロップに警官の氏名と階級が表示され、警官の顔写真が映された。

 二人共、まだ若い巡査と巡査長だ。

 俺は顔をしかめ、缶コーラを啜る。炭酸ばかりが強調され、甘みは俺を受け入れてくれない。

 こうしてみると、甘い缶コーヒーが売り切れだったのが、自分への当てつけのように思える。


『松崎容疑者は先月勤め先の派遣会社を解雇されており、消費者金融への借金も確認されています。警察では金銭目的での強盗として、銃の入手経路と共に詳しい動機を捜査してします』


 俺がテレビ画面を睨んでいると、声を掛けられた。


「赤沼さん」


 会議室の扉を開けたのは、日本ISS本部強襲係の矢上だった。どうやら、彼が俺に会いたいと言ってきたらしい。

 俺は立ち上がり、頭を下げる。


「お久しぶりです」

「いやいや。こちらも、お久しぶりです」


 眼鏡のレンズを光らせながら、薄っすら笑う。


「どうです? アメリカは」

「そこそこですね。この四か月で、かなり痩せた気がします」


 俺は苦笑いを浮かべ、腹に手を当てた。矢上は俺の返事を聞いて、納得したように頷く。


「……でも、本当に赤沼さん痩せましたね。いや、引き締まったと言うべきですか」

「……そうですかね」


 俺が頭を掻いた後、矢上が本題を切り出した。


「……さて。ニュースでやってる通り、今回の事件。警察発表だと、千葉市銀行強盗自動小銃殺人事件ですが。ここでは、単に事件と言います」

「ああ」

「犯人の松崎が所持していた銃、H&K G3ですが……コピー品なんかではなく、ドイツ製の純正品です。市販品のセミオートモデルの改造品でもない事から、何かしらの機関からの横流し品でしょう」

「……だけど、金が無いから強盗しようなんて短絡的な思考を行動に移す奴が……面倒な事して自動小銃なんて手に入れるか?」

「そこですよ、問題は。奴の部屋には、油紙や弾薬の箱に弾倉が転がっていましたが……何処で手に入れたか分からないんですよ」

「密輸とか、色々手はあると思うけどな」

「ええ。ですが、松崎自身に前科は無く、反社との関わりもありませんでした。松崎の足取りで分かってる限りでは……ここ数日は、パチンコ屋と酒を買いに出かけただけです。接したのは、店員とパチ屋の景品交換所のおばちゃんだけですね」


 俺は手を頭の後ろで組み、パイプ椅子の背もたれに寄り掛かる。


「流石に、その二人が売人ってオチはないわな」

「勿論。警察とISS調査係双方のお墨付きです」

「だよなぁ……」


 頬を膨らませ、口をすぼめて溜めた息を吐き出した。


「警察の捜査の矛先は、銃の入手先です。……金無しの男が、しっかりと動作する自動小銃を買える。つまり、いい銃が冗談みたいな安さで手に入れられる場所を探すんです」


 銃社会のアメリカですら、そんな場所は無い。ましてや、ここは日本だ。連射できる銃を所有している所なんて、たかが知れてる。

 しかし、G3は日本の何処の機関でも採用してない。

 一体、その銃はどこから湧いて来たのか。

 矢上の言葉を反芻していると、少し引っ掛かった。


「……警察のって言ったな。日本ISSは一体、何を調べるんだ?」


 俺がそれを指摘すると、矢上は少し口角を上げる。


「我々、日本ISSは既に大量の銃器を日本に持ちこんだ連中に目星をつけています」

「本当か?」


 思わず身を乗り出した。


「……赤沼さん貴方も知ってる奴に関わっています。太平洋を越えた地で、武器を商っていたのは?」


 その言葉で嫌な顔を思い出す。


「ケビン・レナード……」


 矢上は頷いた。


「赤沼さんと相棒の方が捕まえた、ケビン・レナード。ですが、彼も警察官です。武器で商売するルートなんか、最初から持ってる訳ないでしょう」

「……確か、誰かに船貰ったって証言してたな」


 武器は全品横流し品。商談場所の船は貰い物。

 商談など大事な所はケビンが言っていたが、商売の屋台骨組み立ててたのは別人。


「ケビンに手を貸した馬鹿が、今回の元凶だと?」

「そうです……と言いたいところですが、厳密には違います」

「あ?」

「ケビン・レナードに手を貸していたのは、ロスで輸入貿易会社を営んでいたある男です。その会社は正規の物に条約違反の物を混ぜて運んで、正規の料金と違法な物を売って得た金で成り立っていました」

「……そして、その事をケビン・レナードが知って、脅した……かな?」

「その通りですよ。赤沼さん。……商売道具の船と自身の会社を隠れ蓑にされたその男は、ケビンがいない間の責任者でした。言うならば、闇武器取引会社の副社長です」

「で、そのシャチョさんは?」

「ケビンの命令で、大きい港がある世界各地の都市を回りました。ケビンの目的は別の所でしたが、その男は単純に武器を売り、利益を得ようとしただけでした」

「……世界各地って事はさぁ、来たの? 日本に」

「ええ。確認できたのは、神戸と名古屋と清水、そして横須賀です」


 全てそれなりの港だ。そこら辺の貿易会社も入る港だ、貿易会社名義のコンテナ船が来ても不自然ではない。

 

「日本の検疫も上手いことくぐり抜け……武器は何処かに流れて行きました」


 元から密輸をやっていた会社の様だし、検疫をくぐり抜けるのはお手の物だろう。


「んで、流れ着いた先が今回の銃だって言うの?」

「おそらくは。……ケビンが捕まった事で、日本に逃げていたその男の証言が嘘じゃなければですが」

「……ふぅん」


 部署が違うと、情報の入りも分からない時がある。俺の場合、調査係にはシルヴィアがいるが事件のその後を詳しく聞いた事は無い。

 ケビン・レナードの事件は、マリアが過去から脱却できた時点で俺の中では終わっていた。

 しかし、俺が知らない間にこうなっていたとは。


「しかし、その男は面白いことを言いました。『自分が武器を売ったのは、全て同じ日本人だ』とね」


 話の流れも変わってきた。


「……待て。って事は、正しい流れは武器商人から謎の男へ。謎の男からお客様か?」

「はい。我々が追うのは、その謎の男です」


 四か月前とは違う、どこか野性味がある笑顔を矢上は俺に向ける。


 

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